フィルター (数学)
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数学におけるフィルター (filter) とは半順序集合の特別な部分集合のことである。実際には半順序集合として、特定の集合の冪集合に包含関係で順序を入れたものが考察されることが多い。フィルターが初めてもちいられたのは一般位相幾何学の研究であったが、現在では順序論理や束の理論でももちいられている。順序論的な意味でのフィルターの双対概念はイデアルである。
フィルターは1937年にアンリ・カルタンによって導入され、ブルバキによって数学原論の「一般位相」で一般的な位相空間における収束の概念の定式化のためにもちいられた。類似の概念として1922年にエリアキム・H・ムーアとH.L.スミスによって導入されたネットの概念がある。
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[編集] 定義
半順序集合 (P, ≤) の空でない部分集合 F は次の条件を満たすときフィルターと呼ばれる。
- F の任意の元 x と y について、F の元 z が存在して z ≤ x と z ≤ yが成立している。(F は フィルター基である)
- F の任意の元 x について、x ≤ y となるようなPの元 y は Fに入っている。(F は 上に開いている)
- P 全体と一致しないようなフィルターは固有フィルターあるいは真のフィルターともよばれる。この条件はしばしばフィルターの定義の一つとして要請されている。以下この項目でも特に断らない限りフィルターの条件として固有性を仮定する。
上に上げた定義は任意の半順序集合上にフィルターを定義する上で最も一般的な形式であるが、初めフィルターは束に対してだけ定義されていた。束の場合には次の条件によってフィルターを特徴づけることができる: 束 (P, ≤) の空でない部分集合 F は、上に開いていて、かつ有限の共通分操作(最大下界)で閉じている(つまり、x と y が F に入っているなら x ∧ y も F に入っている)とき、およびそのときに限ってフィルターになる。
P 上のフィルター F と Gについて、F ⊆ G ならば G は F より細かい、または F は G より粗いといい、これら二つのフィルターは比較可能だという。二つのフィルターがいつでも比較できるとは限らない。比較可能なほかのどんなフィルターよりも細かいフィルターは超フィルター (ultrafilter) と呼ばれる。ツォルンの補題によって任意のフィルターに対しそれより細かい超フィルターが存在することが導かれる。
P の元 p を含むような P 上のフィルターのうちで最も小さいものは単項フィルターと呼ばれ、また p はそのフィルターの生成元と呼ばれる。p によって生成される単項フィルターは具体的には ↑p = {x ∈ P | p ≤ x} として与えられる。
[編集] 冪集合の上のフィルター
フィルターの特別な例として冪集合上に定義されるフィルターが挙げられる。任意の集合 S に対し、その冪集合 P(S) 上に部分集合のあいだの包含関係によって半順序 ⊆ を定めることができ、これによって (P(S), ⊆) は束になる。特に混乱のないときは P(S) 上のフィルターは単に S 上のフィルターと呼ばれる。この集合 S 上のフィルター F は次のような P(S) の部分集合として特徴づけられる:
- S は F に入っている(F は空でない)
- 空集合は F に入っていない(F は固有フィルター)
- A と B が F に入っているならそれらの共通部分も F に入っている(F は有限の共通分操作について閉じている)
- A が F の元、B が S の部分集合でかつ A が B の部分集合になっていれば B も F に入っている(F は上に開いている)
はじめの3つの条件からフィルターは有限交差性を持つ(フィルターの元の有限個の共通分は空にならない)ことがわかる。
次の性質を持つ P(S) の部分集合 B はフィルター基と呼ばれる:
- B に属する有限個の集合の共通部分は B のある集合を含む
- B は空でなく、空集合は B に入っていない
フィルター基 B が与えられたとき、を含む P(S) の元すべてを考えることでフィルターが得られる。
集合 X 上のフィルター F と写像 f: X → Y に対し、P(Y) の部分集合 {f(A) : A ∈ F } はフィルター基になっている。これによって生成されるフィルターは記法の濫用によって f(F) と書かれる。
S の各部分集合 T に対して、が生成する単項フィルターが考えられる。また、S の任意の元 p について、 {p} が生成する単項フィルターのことを言葉の濫用により p が生成する単項フィルターとも呼ぶ。S の任意の元 p について、p が生成するフィルターは超フィルターになっている。有限集合上の超フィルターは必ず単項フィルターの形をしている。反対に、(無限集合上で)単項フィルターの形をしていない超フィルターの存在証明にはツォルンの補題が必要になる。
F が S 上の超フィルターならば、S の任意の部分集合 A について A ∈ F か Ac ∈ F のどちらかが成立している。
[編集] 例
- 無限集合S に対し、補集合が有限であるようなS の部分集合すべての集まりは S 上のフレシェフィルターと呼ばれる。
- 集合 X 上の一様空間の構造は X × X 上のフィルターのうちで特定の公理を満たすものによって与えられる。
- Rasiowa-Sikorskiの補題によって半順序集合上のフィルターが構成され、強制法でもちいられている。
[編集] モデル理論におけるフィルター
集合 S 上の任意のフィルター F に対し、以下のようにして集合関数が定義できる:
この関数は有限加法性を持ち、弱い意味での測度になっている。従って「φ はほとんど至る所成り立つ」の類似として、
というかたちの言明が考えられる。フィルターへの帰属関係についてのこの解釈はモデル理論における超積の研究で(直ちに厳密な証明を与えるものではないが)指導原理としてもちいられている。
[編集] 超積
N を自然数の集合、F を N 上の単項フィルターでない超フィルターとする。任意の集合 S について S の元の列がなす集合 SN の上で、「N の部分集合 {n | xn = yn} が F に入っている」という関係 (xn)n∈N ∼ (yn)n∈N を考えることができる。フィルターの満たす条件からこれは SN 上の同値関係を定めており、この関係 ∼ によって SN を割って得られる集合 Sω は S の超積とよばれる。もとの集合 S は定値列によって Sω に埋め込まれていると考えることができる。
こうして構成される超積は超準解析の最も簡単なモデルを与えている。S が有理数の集合 Q のとき、数列
- (0, 1, 0, 1, 0, 1, 0, ...)
が表す Qω の元は、偶数集合と奇数集合のどちらが超フィルター Fに入っているかに応じて Q の元 0 か 1 のどちらかと同じものを表している。
[編集] 位相幾何学におけるフィルター
位相幾何学や解析学において、距離空間での点列の収束の類似として、一般的な収束の概念を定式化するためにフィルターがもちいられる。
位相空間 X の点 x があたえられたとき、 x の近傍すべてをとることで X 上のフィルター Nx が得られる。X 上の(固有)フィルター F で Nx より細かいものは x に収束しているといわれ、F → x とかかれる。フィルター F と G について、G が F より細かく、F → x となっていれば明らかに G → x も成り立っている。また、点 x の任意の近傍がフィルター F の任意の元と交わるとき、つまり任意の M ∈ F についてx が M の閉包に入っているとき、x は F の集積点だという。この状況は Nx と F のどちらよりも細かいフィルターが存在する、として言い換えられる。
フィルターを用いることで位相空間論の諸結果は次のように定式化できる:
- X 上の任意のフィルターの極限が高々一つ(つまり、多くても一つの点にしか収束していない)のとき、およびそのときに限って X はハウスドルフ空間になる。
- 位相空間のあいだの写像 f が点 x で連続になるのは、F → x ならば f(F) → f(x) となっているとき、およびそのときに限る。
- X が(準)コンパクトになるのは任意の超フィルターが収束しているとき、およびそのときに限る。
[編集] 一様空間におけるフィルター
F を一様空間 X の上のフィルターとするとき、X のどんな近縁 U についても A ∈ F が存在して x, y ∈ A ならば (x, y) ∈ U となっているとき、F はコーシーフィルターだといわれる。X が距離空間の場合には、この条件は
と定式化できる。任意のコーシーフィルターが収束しているとき X は完備だといわれる。
コーシーフィルター F について、より細かいフィルター G で G → x となっているものがあれば F → x も成立している。従ってコンパクト空間は一様空間として完備になる。逆に、一様空間は完備で全有界なとき、およびそのときに限りコンパクトになる。
[編集] 関連項目
- フィルトレーション (抽象代数)
- イデアル (束論)
[編集] 参考文献
- Cartan, H. (1937) "Thèorie des filtres". CR Acad. Paris, 205, 595–598.
- Cartan, H. (1937) "Filtres et ultrafiltres" CR Acad. Paris, 205, 777–779.
- Bourbaki, N. (1971) "Topologie générale" Nouv. ed. Paris : Diffusion C.C.L.S.