ミキサー (音響機器)
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ミキサー(ミキシングマシンとも)は複数の音声信号を電気的に加算、加工し出力する音響機器である。
いくつかの呼称で呼ばれているが国内において厳密な名称の使い分けはなされていないものの、中型~大型のものについては「卓」、「コンソール」と呼ばれ、小型可搬型のもの、カラオケや設備アンプに組み込まれたものなどは単に「ミキサー」と呼ばれることが多い。
呼称の例 ミキサー、オーディオミキサー、ミキシングコンソール、音声(音響)調整卓、音声卓、卓、等
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[編集] 仕様の概略
信号処理をアナログ回路でおこなうものと、デジタル処理でおこなう物に大別される。 信号入力は通常アナログであるが、デジタル式の中には直接デジタル信号を入力できるものもある。 PAで使用する小規模のものの中には、設置/撤収作業や機器構成を簡略化する目的でパワーアンプを組み込んだものもある。
用途に応じて様々な形態があるが、基本的な機能は共通していて操作性がそれぞれの用途に最適化されている。 たとえばPAで使用されるミキサーを録音に使えるものもあるが、逆の場合は不便を生じるかもしれないといったことである。
DTMあるいはDAWに於いて使用されるミキサーにはパソコンの内部演算で実現しているものが多く見られる。 ただし、音質や演算速度の点で単体ミキサーの性能を凌駕するには至っていない。 また操作はキーボードやマウスによることが前提のため、直感的な操作性は単体ミキサーに比して劣る。
[編集] モジュールとセクション
モジュールとは主に中型以上のミキサーにおいて使用される複数の概念である。
- 回路上の特定の機能をまとめた子基板のこと。ドーターカードとも呼ぶ。
- いくつかの(1~8程度)チャンネルごとに分割された基板と操作パネルの組み合わせで筐体から個別に取り外しができるもの。
- インライン型の場合はI/Oモジュールと呼ぶ事が多い。API社のLegacyコンソールのようにHA/EQ/Inputなどモジュールが機能別に細かく分割されている場合もある。
セクションとは以下のような概念である
- 特定用途のモジュールの集合体
- 例:モニターセクション、マスターセクション
- 特定の機能がレイアウトされた操作パネル上の区分
- 例:EQセクション、Auxセクション
[編集] 構成と基本機能
- HA(マイク、ラインアンプ)
- HAとはHeadAmp(前置増幅器)の略であり、入力信号をミキサー内部のオペレーティングレベルに対して適正になるように調整する増幅器である。
- マイクあるいはラインレベル信号を扱うが、機種によっては増幅器の利得可変幅を大きく取ってマイクレベルからラインレベルまで一つのアンプで対応可能にしているものがある。
- 外部からのノイズ混入対策としてHA部分で帯域制限をおこなう場合がある(RF帯域以上をカットする)。
- 付加機能としてコンデンサーマイク用のファンタム電源スイッチ、PAD(固定減衰機)、HPF(簡易型)、フェーズリバーススイッチなどがHAの機能の中に含まれる場合がある。
- テープ/グループモニター
- A/Dコンバータ
- D/Aコンバータ
- ダイナミクス
- EQ
- フィルター
- EQのように補正目的や積極的な音作りに用いるのではなく、不要な帯域の信号を減衰させるための機能である。
- HPF(ハイパスフィルター、低域カット高域通過)とLPF(ローパスフィルター、高域カット低域通過)の2種類が用いられる。
- 廉価な機種では省略されるか、HAの一部として周波数固定のHPFが各チャンネル毎に装備されている。
- 高級機種になるに従い、HPFの周波数選択あるいは周波数可変機能やLPFの装備、並びにルーティングの自由度(モニター系あるいはダイナミクスのサイドチェーンへの挿入)が機能として追加される。
- SEND
- フェーダー
- チャンネル、グループ、マスターの音量調整に用いる。回転式のロータリーフェーダーとスライド(直線型)のフェーダーに大別される。アプリケーションによっては抵抗切替式ATTを用いていた事もある。
- フェーダーは一般的には電子部品のボリュームであり、更に耐久性、耐候性が要求される。後述のオートメーション並びにフェーダーグルーピングを実現するためにVCAやフェーダーにモーターを組み込む場合がある。
- ダイレクトアウト
- POSTフェーダー出力(フェーダーのワイパーからフェーダーバッファーアンプを経由した出力)を外部に取り出す為の出力端子である。
- パンポット
- パンポット(Panpot)とは複数のバスに対して信号を分割配分し、バス間のレベル差によって音像の定位を設定する機構である。panpot - panoramic / panorama potentiometerの略。ポテンショメータも参照。
- 一般にはステレオバスのL/R間やグループバスの奇数/偶数間で信号を分配する。まれに奇数/偶数に無関係に信号を分配できる機種もある。サラウンド対応の場合はジョイスティックを用いる場合もある。
- 映画用途の場合はL/R間に独立したセンター出力が必要になるために回路が複雑になる。
- BUS/Group
- 混合したいくつかの音声信号を1つの信号系統にまとめたもの。「BUS」は「乗合バス」と同義。小規模のミキサーでも複数のBUSが用意されており、「AUX BUS」などと呼ばれる。どのバスにどの信号をどれだけ混ぜて送るかを計画すると、「メイン出力(STEREO OUT)」とは違うバランスでミックスした信号(例:エフェクターへの信号・ステージモニタースピーカーへの信号)をつくることができる。「Group」も「BUS」とほぼ同じ概念だが、「Group」は最終の「メイン出力」をミックスする「前段階」的な配置になっており、4~32Group(ミキサーの規模により数が異なる)にまとめられた信号を、Groupのフェーダーが並んだ「マスターセクション」で最終的なミックスを行い、「メイン出力」を調整して作り出す。「Group」はマルチトラックレコーダー(MTR)への出力に使われるほか、PA用途では楽器のまとまり-ドラムスの10本のマイクロホン信号を1~2本Groupにまとめておく、などの使い方にもよく利用される。
- PFL/AFL
- (PFL・Pre Fader Listening)フェーダーで音量を調整される「前」の信号を、モニター用系統で聞くことができる機能。AFL(After Fader Listening)は「フェーダーで調整された後」の信号をモニターする機能。
- マスターセクション
- マトリックス
- 大規模ホールで採用されているPA用ミキサーコンソールに付加されていたり、連絡系に使用するミキサーにある機能。多数のAUX BUSで、バランスやミックスされた信号に内容の違いを作った上で、送出先(ホール外のロビーやホワイエ・楽屋・舞台照明操作室・舞台設備操作室など)によって、どのBUSの信号を送り出すかをスイッチで操作する機能。
- 入出力コネクタ
- インサート入出力
- インサート入出力とは信号系に直列に外部機器を割り込ませるために設けられた入出力である。
- 一般にはチャンネル及び各マスター出力に対して設置されることが多い。
- コネクター部分でノーマル接続とし、コネクタを差し込むことによって割り込みをかけるタイプとモジュール側にインサートのON/OFFスイッチを持つタイプがある。後者は大型コンソールでパッチベイまでの信号経路が長く引き回される場合に多く見られる。
- 機種によってはインサート入出力のポイントを内部ジャンパーあるいはパネル上のスイッチにより選択できる場合がある。例)EQ前後の選択
- メーターなど監視機能
- 現在はアナログメーターに代わって、LEDを並べて音声信号のレベルを表示する機種が主流。
- VUメーター - 直前に流れた信号の0.3秒間の平均値を指示するメーター。聴感に近い値を示す一方、打撃音など瞬間的な信号を捉えることはできない。
- ピークレベルメーター - 信号の値をリアルタイムに指示するメーター。出力レベルを電気的に適正にしたり、最大値を超えないようにするのに用いられる。
- スペクトラムアナライザー - 信号の値を周波数ごとに分割して表示するもので、略してスペアナとも呼ばれる。ミキサーに搭載されるものとしては、ハイエンドのデジタルシステムに於いてFFT方式のスペアナをディスプレイに呼び出す機能を搭載したものがある。
- 同期系入出力
- リコール、シーンメモリー、スナップショット
- 静的にコンソールのセッティングを記録させる。時系列による連続的な変化は下記のオートメーションにより行う。
- オートメーション
- 内蔵あるいは外部のコンピューターにより、コンソールのフェーダーを始めとするパラメーターを時系列にそって連続的に記録し、再現する。簡易にはフェーダーのポジションを記録するだけだが、デジタルコンソールやDAWではイコライザーやPANPOT、エフェクトのパラメーターにいたるまでコントロール可能である。レコーダーと同期させるためにSMPTEタイムコードを用いるのが一般的である。
- アナログコンソールでは制御素子としてVCA、DAコンバーター、モーターなどを用いる。
- 各種リモートコントロール
- 内蔵エフェクター
- 多用される「残響系エフェクト(リバーブ)」などのエフェクト(効果)装置を小型化し、ミキサー内部に内蔵させた機種が多く発売されている。
[編集] 仕様の記述
選定に関して参考にするカタログの記載事項について言及する。
- 用途および構成
- 入力ch数
- Bus/Group構成
- 出力系統
- ブロックダイアグラム
- レベルダイアグラム
- ヘッドルーム
- サンプリング周波数、量子化ビット数、内部演算語長
- 入出力の形式およびコネクター
- 各種付加機能
- 外寸、重量、消費電力
- その他
[編集] 特性評価
ミキサーの電気的特性を評価するための主要な項目である。 ここではミキサーの特性を評価する上で考慮すべき事柄を記述する。
- 周波数特性
- 位相特性(群遅延特性)
- S/N比(入力換算雑音)
- 歪率
- クロストーク
- 同相除去比
- 入出力間遅延
[編集] 用途別分類
- 音楽録音用
- MTRと組み合わせて多重録音の作業をスムーズにこなすことを念頭に設計されたミキサーである。
- 対象とするレコーダーによって必要とされるBUSの構成が異なる。8~48BUS程度
- MTRからの再生信号とマイクなどのインプット信号を同時に扱う為にモニターセクションの扱いに関していくつかのアーキテクチャーが考えられた。
- 放送用
- スタジオに於いて生放送対応の場合は、故障時に番組の中断を最低限の被害で避けるために電源の多重化であるとか、電源を投入したままでモジュールの交換が可能な構造になっている。
- 映画/ポストプロダクション用
- MTRを使用する関係で音楽録音用と構成は近いが、映画作品対応の場合にサラウンド対応のパンポットが必要となるのでmixバスの構成が複雑になる。
- ハリウッドの映画スタジオにおいては音声、効果音、音楽で3人の独立したミキサーが同時に作業を行うために大型の構成のミキサーが特注で製作されることが多い。
- 固定設備用
- エアモニタ
- 舞台袖H/Aと多重伝送
- エレベーターマイクの昇降リモートコントロール
- 客席内仮設ミキサーからのマスター系リモートコントロール
- PA/SR用可搬型
- パネル照明用ランプ
- 操作面と同一の、上面に設けられた入出力コネクタ
- マルチコネクタ入力
- 小型汎用
- ラックマウント
- 回転型フェーダー
- 取材(ENG_(放送))、生録音用小型可搬型
- DJ用
- ターンテーブル2台とCD 2台をつなげることを前提に設計されており、2ch-4chをクロスフェーダーで切り替えるタイプが多い。
- 簡単なエフェクタがついている場合もある。
[編集] 構成別分類
以下の分類はマルチトラックレコーダー(MTR)と組み合わせたシステムを構成するにあたって考慮される分類である。
- セパレートモニター
- インラインモニター
- オールインプット
[編集] ハードウェア別分類
- アナログ処理
- デジタルコントロールアナログ処理
- デジタル処理
- パワーアンプ内蔵型
[編集] 変遷の歴史
[編集] 関連機材
- パッチベイ
- 録音スタジオや大型PA用のミキサーコンソールでは、「裏側に回ってコネクタを抜き差し」するのが非能率的なので、必要に応じて入出力機器の接続を容易に変更できるよう、すべての入出力端子をミキサーコンソール脇か、別に配置した機器盤(ラック)に配線し、用意する事が多い。
- ミキサーを中心とした機器間の接続関係が直接目視確認できる利点もある。
- 使用されるコネクタは多岐にわたり、用途に応じて選択する。
- コネクターとしては110、バンタム、TRSフォン等が一般に用いられる。特に実装密度の高いバンタムは大型レコーディングミキサーにおいて標準で用いられる。
- パッチベイで用いる比較的短い機器間接続用ケーブルを特にパッチケーブルと呼び、接続関係が判りやすい様に色分けされている場合が多い。