受動喫煙
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受動喫煙(じゅどうきつえん)とは、喫煙をする者の周囲の人間が、その煙(環境たばこ煙:environmental tobacco smoke:ETS)を吸引する行為である。環境たばこ煙とは、副流煙(喫煙者が直接吸う主流煙に対し、たばこの先から立ち上る煙)と、呼出煙(喫煙者の吐き出す煙)が交じり合ったものを言う。対義語は能動喫煙(のうどうきつえん)。受動喫煙は死亡率や様々な疾患を増加させることが、複数の科学的証拠に基づいた上で示されている[1][2][3][4]。
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[編集] 環境中たばこ煙(ETS)の成分
副流煙は、煙草の発火点から直接立ち上ることによる温度の差から、主流煙の数倍ないしそれ以上の有害物質を含んでおり、非常に危険であると警告されている。米国環境保護局(EPA)は、環境たばこ煙をAクラスの発癌性物質に分類している。タバコ会社自身による実験においても、種々の発癌性物質の濃度が、主流煙よりも副流煙において高いことが示されている[5]。
副流煙と呼出された主流煙が混合したETSは、ニコチン、ナフチルアミン、ベンゼン、アンモニア、ホルムアルデヒド、ベンツピレン、一酸化炭素、鉛、ポロニウムなど約4000種類の化学物質を含み、うち69種類は発癌性物質である。その他に、多量の微粒子を含んでいる。
[編集] 受動喫煙に伴う問題
受動喫煙に伴う問題は、喫煙者以外の者が当人の意思に関わりなく環境たばこの煙を吸わされてしまうことである。受動喫煙により、がんや心臓疾患などのリスクが増加することが知られており、公共の場、飲食店、職場環境あるいは家庭などの様々な場所や状況において、喫煙に付随して生じる社会的な問題となっている。
特に、新生児や乳幼児は、自発運動ができず環境に極めて受動的で、呼吸器や中枢神経などが発達途上であり身体的な影響を受けやすい(後述)ため、受動喫煙を避けられるような配慮がなされるべきである。
また職場環境においては、一般には職業選択の自由があるとはいっても、職場環境の付随要素である受動喫煙だけでは仕事を替えたくないと考える人もおり、職場における喫煙の可否が争点となることもある。これは労使問題(→日本では労働安全衛生法)の上で、事業者が労働者のために安全で健康的な職場環境を整える義務があることにも絡んで、訴訟になったケースも見られる(後述)。
[編集] 受動喫煙の健康への影響
受動喫煙も能動喫煙も、量に差はあるものの、同様の成分を吸入する行為であり、喫煙と同様の疾患リスクが増加する可能性がある。喫煙リスクの一つである発がん性などは、原因物質の量的な問題に対して安全量は存在せず、能動喫煙によって生じる疾患が受動喫煙で生じないとの証拠はない。WHOなども喫煙リスクに対し同じ見解にたっており、受動喫煙に対してもこれによっている。米国公衆衛生局長官年次報告においても、受動喫煙には安全量、安全な暴露時間はないと指摘している[6]。
疫学的な研究によって受動喫煙と関連づけられている疾患として、悪性腫瘍(がん)や心筋梗塞などの循環器系疾患などがある。たとえば、7369人の肺癌患者を対象としたメタ解析では、夫婦での受動喫煙による肺癌の相対リスクは1.25倍、職場の受動喫煙については1.17倍と報告されている[7]。WHOの小研究機関である国際がん研究機関(IARC)の行ったメタ解析においても、喫煙者の配偶者の肺がん罹患率は、その他のバイアスを除いても、女性の場合20%、男性では30%増加すると結論づけている[8]。 動物実験においても、タバコを吸引させることで肺がん罹患率が増加するという報告もある。その他、様々な証拠から、たばこと癌罹患率の相関関係は、タバコの煙に含まれる有害物質によるものと解釈するのが妥当であると考えられている[9]。
また、乳幼児の受動喫煙により、乳幼児突然死症候群(SIDS)、呼吸器感染症、中耳炎、気管支喘息、子供の行動障害、思春期における喫煙率などが増加することが報告されている[10]。
喫煙を望まない非喫煙者への健康被害を与えるという客観的証拠が蓄積していることや、タバコの煙の臭いを好まない人も多いことから、喫煙者は非喫煙者に対する配慮が求められる。
- 喫煙リスクに関しては、タバコと健康の項を参照。
[編集] 各国の対応・事例
日本では2003年5月1日に施行された健康増進法において、公共施設等の多数の人が利用する施設の管理者に受動喫煙防止義務が課せられた。これによりレストランや公共施設・公共交通機関での分煙ないし禁煙が進められている。
名古屋では2007年5月1日より全タクシー8050台の全面禁煙化が決定している。
2005年2月27日に発効したたばこ規制枠組条約(→たばこ規制枠組み条約)では、受動喫煙の防止が各国の責務として定められており、日本も批准しているがアメリカや中国は署名は行われたものの批准にまで至っておらず、各国の社会情勢などによって左右されている。
アメリカにおいて分煙では、受動喫煙の完全な防止は難しいという見解が一部でされている。2006年米国公衆衛生局長官報告においても、職場環境などの室内における受動喫煙の完全な防止には、分煙、空気の洗浄、換気などでは不十分であるという見解がなされている[11]。
[編集] 受動喫煙裁判
日本において江戸川区職員が区に対して求めた職場での受動喫煙に関する損害賠償請求訴訟において、2004年7月13日に東京地方裁判所は同区に対し、安全配慮義務を怠ったとして5万円の支払いを命じた。判決では被用者(職員)がたばこの煙から保護されることを安全配慮義務の内容として認めた。
[編集] たばこ会社の見解
環境中たばこ煙(ETS)が健康に及ぼす影響について、複数の統計学的な研究結果が存在するが、たばこ会社によってこの問題についての見解が異なっている。
- 「環境中たばこ煙は、周囲の方々、特にたばこを吸われない方々にとっては迷惑なものとなることがあります。また、気密性が高く換気が不十分な場所では、環境中たばこ煙は、眼、鼻および喉への刺激や不快感などを生じさせることがあります。このため、私たちは、周囲の方々への気配り、思いやりを示していただけるよう、たばこを吸われる方々にお願いしています。また私たちは、公共の場所等での適切な分煙に賛成し、積極的に支援しています。
- 一方、環境中たばこ煙は非喫煙者の疾病の原因であるという主張については、説得力のある形では示されていません。環境中たばこ煙への曝露と非喫煙者の疾病発生率の上昇との統計的関連性は立証されていないものと私たちは考えています。また、環境中たばこ煙は、空気中で拡散し、薄められているので、喫煙者が吸い込む煙中の成分の量と比べると、非喫煙者が吸い込む量は極めて少ないものです。動物で発がん性を評価する試験においても、環境中のたばこ煙により、がんを発生させることは極めて困難です。」
- 「環境中たばこ煙は、成人の非喫煙者に肺がんや心臓病などの疾病を、また子供たちに喘息、呼吸器感染、咳、端鳴、中耳炎、乳幼児突然死症候群などを引き起こすと、公衆衛生当局は結論づけています。 さらに、環境中たばこ煙は成人の喘息を悪化させるおそれがあり、目、喉、鼻の炎症の原因にもなりうると結論づけています。 環境中たばこ煙とは、火のついたたばこの先端から出る煙と、喫煙者が吐き出す煙を合わせたもののことをいいます。
- たばこの煙がある場所にいるかどうか、また喫煙者であれば、いつどこで喫煙するかについては、環境中たばこ煙が健康に及ぼす影響に関する公衆衛生当局の見解を基に判断されるべきです。 また、子供の周りでは喫煙は控えるなど、特に子供に対しては十分な配慮が必要です。
- このような公衆衛生当局の結論に基づいて公共の場所での喫煙を規制するのは適切な措置であると私たちは考えています。 また、喫煙が許されている場所では、上記のような公衆衛生当局の見解を伝える警告が表示されるよう政府によって義務づけられるべきであると考えています。」
- ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の見解[14]
- 「世界保健機関(WHO)やその他多くの公衆衛生団体は、受動喫煙もしくは間接喫煙が様々な疾病の原因の一つであるという報告をしています。また、そうした受動喫煙もしくは間接喫煙のリスクは、実際の喫煙のリスクよりははるかに小さいものの、そのリスクに照らし、公共の場所での喫煙を公衆衛生に関する重要な問題の一つとして取り上げるべきであると言われています。
- 私たちは、受動喫煙が短期的に健康に影響を及ぼす可能性はあると考えています。例えば、子供の喘息や呼吸器疾患の症状を悪化させる可能性です。しかし、私たちは、受動喫煙が肺がんや心臓疾患などの慢性疾患の原因になるかどうかは明らかでないと考えております。科学的な観点からは、受動喫煙のリスクがあるとしても、あまりに小さいため確かな精度では測定できないというのが私たちの見解です。」
- R.J. レイノルズ社の見解(日本語訳)[15]
- 「個人は喫煙をするかどうか判断する際に、米国公衆衛生局、米国厚生省疾病管理・予防センター(CDC)その他の公衆衛生機関の報告に基づくべきである」
[編集] 参考文献
- ^ WHO Framework Convention on Tobacco Control 192か国に承認され、168か国が締結した公衆衛生のための初の国際条約
- ^ U.S. Department of Health and Human Services. 2006年米国公衆衛生局長官年次報告 報告書中の結論の一つとして「受動喫煙は小児および成人において、疾病や早死を起こす」と述べている。
- ^ カリフォルニア州環境保護庁:Air Resources Board ETSは毒性を持つ空気汚染因子であると結論づけている。
- ^ WHO International Agency for Research on Cancer "Tobacco Smoke and Involuntary Smoking" IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol. 83, 2002 同委員会は、「受動喫煙はヒトに肺癌を起こすと結論づける十分な証拠がある」と報告している
- ^ Schick S, Glantz S. (2005). "Philip Morris toxicological experiments with fresh sidestream smoke: more toxic than mainstream smoke.". Tob Control. 14 (6): 396-404. PMID 16319363.
- ^ 2006年米国公衆衛生局長官年次報告
- ^ Boffetta P. (2002). "Involuntary smoking and lung cancer". Scand J Work Environ Health 28: 30-40. PMID 12058801.
- ^ "Monographs Programme report on SHS"
- ^
- ^ DiFranza JR, Aligne CA, Weitzman M. (2004). "Prenatal and postnatal environmental tobacco smoke exposure and children's health". Pediatrics 113: 1007-1015. PMID 15060193.
- ^ [http://www.surgeongeneral.gov/library/secondhandsmoke/factsheets/factsheet6.html 2006年米国公衆衛生局長官年次報告
- ^ JTホームページ JTの環境中たばこ煙に関する見解
- ^ フィリップ・モリス社ホームページフィリップ・モリス社の環境中たばこ煙に関する見解
- ^ ブリティッシュ・アメリカン・タバコ ホームページ
- ^ R.J. レイノルズ社ホームページ(英文)