培養
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培養(ばいよう、culture)とは、多細胞生物の細胞や組織の一部、或いは微生物を人工的な環境下で育てる事である。培養の対象はあくまで個々の細胞であり、多細胞生物を個体単位で育てる場合は飼育や栽培として区別される。本稿では主に微生物の培養を扱う。組織の培養に関しては組織培養を参照。
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[編集] 歴史
レーウェンフックが微生物を発見して後、19世紀までは、微生物の研究は天然から直接採取されたものを中心に為されてきた。野外で採集される原生生物や菌類以外では、微生物観察のための素材として肉スープの腐敗したものが良く用いられた。ただし、これは能動的な培養とは区別する必要がある。
パスツールが酵母の研究を行った時、彼は酵母の生理作用に関心を持ち、これを研究するために培養液の成分を検討し培養した。この頃が培養の黎明期である。ロベルト・コッホは病原体の研究にあたり、病原体の純粋培養を目的として培養法の基礎となる様々な技術を開発した。これらの努力により、20世紀初頭には主要な病原性細菌の大部分が培養され、培養技術は飛躍的に発達した。組織培養も、基本的にはこれらの技術の応用から始まったものである。
[編集] 培養の必要性
細胞を培養する目的は大きく二つに分けられる。
- 研究対象の維持
- 細胞の大量取得
菌類(真菌類)、藻類、原生動物、細菌類(真正細菌/古細菌)などの微生物では、培養は研究を進める上で必須の手段である。単に研究対象の維持という点では、冷凍保存が可能な生物もある。なお、培養や冷凍保存により、目的に適う精度で維持され続けている生物単位は株と呼ばれる。
[編集] 培養の種類
[編集] 純度による分類
- 粗培養
- 分離培養とも言う。目的の生物を得る為に、自然界から採取してきた土壌や水などを適当な培地・条件で培養すること。ここで生物をある程度増やし、単離(後述)などの分離操作を経て培養の純度を高めていく。
- 二員培養
- 単菌培養/単藻培養(unialgal culture)
- 目的生物以外の真核生物を含まない培養。従って、細菌類の混入はあってもこう呼ばれる場合が多い。単一の細胞から増殖した事が保証される場合はさらにクローン(clonal)の表記が付く。例外的に、単一の細胞に由来する株であってもオートガミー(繊毛虫のエンドミクシス(endomixis)や太陽虫のペドガミー(paedogamy))を行って独自に細胞核を再編する生物では、クローンである事が保証されない。
- 無菌培養(axenic culture)
- 単離や洗浄といった物理的手法、或いは抗生物質添加等の化学的な処理によって、バクテリアの混入までも排除した培養。一般に言う純粋培養。
純度の観点からは無菌培養が理想的であるが、無菌株はその作成や維持に技術を要する為、用途に応じた精度の培養を行う必要がある。例えば、16S rRNA系統解析を行う時には原核生物の混入は致命的であるが、真核生物しか持たない分子種である18S rRNAの場合は問題はない。他にも、分類群特異的なプライマーで増幅配列を選択したり、ろ過や遠心分離などの操作で物理的に不要細胞を排除するなどの手段がある。これらの手法は、二員培養系を利用する場合に特に重要である。
どうしても人工的な環境では育たない生物は、植木鉢に植物を植えてそこに接種したり、動物の体内に注入して育てるなど、他の生物そのものを培養環境として用いる方法もある。パスツールが狂犬病のワクチンを開発した時には、イヌからイヌ、それも直接に脳から脳へ植え継ぐという荒技を行ったと言われる。現在でもインフルエンザウイルスなどのワクチン製造には、鶏卵が用いられる。
[編集] 液相の置換法による分類
培地添加のタイミングによる分類。全て液体培地にのみ適用される分類である。
- 回分培養(batch culture)
- 一回毎に新たな培地を用意し、そこへ株を植えて収穫まで培地を加えない方法。個々の培養の品質はバラつくが、コンタミネーションのリスクを分散・低減できる。
- 半回分培養(流加培養、semibatch culture、fed batch culture)
- 培養中に、培地自体や培地中の特定の成分を添加する方法。細胞密度を調節する事によって増殖性を最適化したり、培養中に蓄積した有害物質を希釈して生産性を維持するなどの目的で行われる。
- 連続培養(灌流培養、continuous culture)
- 一定の速度で培養系に培地を供給し、同時に同量の培養液を抜き取る培養法。培養環境を常に一定に保ちやすく、生産性が安定するという特徴がある。反面、一度コンタミネーションが起きると汚染も持続するのが欠点である。
半回分培養や連続培養は工業的な用途で用いられる事が多い(→バイオリアクター)。研究室における小規模な培養では、特別な装置を必要としない回分培養が主である。
[編集] 撹乱法による分類
物理的な撹乱を与えるか否かとその方法。これも液体培地にのみ適用される分類である。
- 静置培養
- 撹乱を与えない培養法。衝撃に対し脆弱な細胞を増やす場合や、特定の形状のコロニーを作らせる場合などに用いる。
- 通気培養
- 熱帯魚の水槽のように、いわゆるバブリングを行う培養法。通気の目的は撹乱ではなく、気体を細胞に与える事にある。気体としては通常の空気の他、藻類など光合成生物の同化効率を上げる為に、二酸化炭素分圧を上げた空気などが用いられる。
- 攪拌培養
- 攪拌子(スターラー)やスクリューによって、細胞と培地とを混ぜ合わせる培養法。細胞が効率良く培地成分に接するので、増殖速度の向上が見込める。
- 振盪培養
- 0.5~数Hz程度の頻度で培養容器を振り動かし、細胞と培地とを混ぜ合わせる培養法。攪拌培養と同様、増殖速度の向上が見込める。
[編集] 培養条件
培養に際して考慮すべき環境条件(培地以外)。
これらの環境条件に関して、一般的な生物とはかけ離れた条件を要求する、或いはそれに耐え得る生物を極限環境生物という(→極限環境微生物)。
[編集] 培養に伴う操作
- 希釈(dilution)
- サンプルを一定の割合で希釈してゆき、希釈系列を作って確率的に細胞を株化する方法。脆弱で単離に耐えられない細胞や、一個体からでは増殖が望めない生物を株化する場合に行う。また、採取してきたサンプルの中で既に優占状態にある生物を、手軽に株化したい時にも用いる。簡便な方法であるが、培養の純度が分かりにくい上、株が確立できた場合でもクローン性は一切保証されない。
- 前培養(preculture)
- 単離した生物をいきなり大容量の培地へ接種すると死滅する場合が多い為、最初は少量の培地へ入れて細胞数を増やし、段階的に培地容量を増やしてゆく作業が必要になる。単離直後の他、大量培養の前段階としても行われる。
- 植え継ぎ
- 培養時間が経過して細胞の密度が限界に達したり、培地内のリソースが食い潰されて細胞の増殖速度が頭打ちとなった時、培養液を少量とって新たな培地へ移す作業。継代とも言う。これを行って培養を維持する事を継代培養(passage culture、subculture)と呼ぶ。
- 培養における課題の一つがコンタミネーション(汚染)対策である。通常身の回りにあるものには様々な菌類や細菌類が付着している為、これが培養に混入しないよう、培地に触れる全てのものは滅菌処理を施しておく必要がある。加熱可能な器具はオートクレーブや乾熱滅菌処理、それが出来ないものはエタノール噴霧やガンマ線の暴露を行う。培養用の実験器具はほとんどが滅菌の上密封されて販売されている。
滅菌以外にも、空気からの汚染を防ぐ為にはHEPAフィルタを備えた無菌室やクリーンベンチを導入する必要がある。また、密封できない培養系、例えば通気を要する光合成生物や好気性の生物の培養には、綿栓やシリコン栓などが用いられる。
[編集] 難培養性生物
前述の極限環境生物や寄生性の生物は、培養系を確立する事が困難である。例えば節足動物の腸管内に生育する接合菌門トリコミケス綱の菌類や、同じく節足動物に外部寄生する子嚢菌門真正子嚢菌綱ラブルベニア科に属するものは、僅かに数種類を除いて培養の成功例が無い。通常の環境に生息する生物でも、外洋性の放散虫類を初めとして、従属栄養性の原生生物の大部分は安定な培養手段が知られていない。
以前は培養できない生物を研究する手段は皆無に等しかったが、近年では環境サンプル(土壌や低泥、海水など)を直接PCRにかけて塩基配列の増幅を行う、いわゆるenvironmental PCRが可能となっている。これにより、形態観察すら出来ない生物、姿形の分からない生物群を系統樹の上で認識できるようになった。environmental PCRは生物個々の情報量という点では貧弱であるが、生物の多様性を認識し、分類の指針を得るという観点では非常に有益な手法である。
培養技術はパスツール時代のそれから大きな発展を遂げはしたが、未だに培養ができない事すら分からない生物が大多数である。この技法は、培養できない生物の存在を確認できる点では極めて重要である。しかし、そこから得られる情報は極めて限定的であり、やはりその生物の存在が判明した場合には培養法の確立が望まれるし、それなくしては多くを知ることは出来ない。