天才
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共に天才(てんさい)とは、(先天的に)常人をはるかに超えた能力を持った人を言う。単に「天才」と言う場合は、主に知能についてであるが、「○○の天才」といったように様々な分野の人物を指しても使われる言葉である。
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[編集] 概要
能力の多寡によって、天才とそれ以外を分類することは非常に困難である。素晴らしい能力を持ちながら天才と称されることも無い人物もたくさんいる。逆に自惚れが過ぎて自身を天才だと吹聴する者さえもいる。なお天才一般は、それらの才覚によって社会に利益をもたらす存在だといえる。逆に損害を与えるような場合は、あまり天才扱いされない。独裁者の代表と言われ、歴史上 悪人の代表格にもっとも挙げられがちな一方で、「扇動の天才」「演説の天才」とも呼ばれるアドルフ・ヒトラーは珍しい例といえる。
また、天才には夭折する人が多いといわれている。これはその才能が惜しまれながらも失われたことによる評価も含むのであろうが、後述するように奇人・変人の域にあり生活や健康を省みないで才能を発揮したことによる病死・自殺といった破滅型天才の存在という事情にも絡む。ただ、天才のいずれもが夭折というわけではなく、晩年になって才能が開花した天才もいるなど、様々である。
一般に天才というと、特定分野や一定範囲内でその才覚を発揮する存在とされ、芸術(音楽・美術・文学)やスポーツ、芸能・マスコミ、政治・科学・数学・哲学ほか、様々な分野に天才と称される人が見られる。
[編集] 天才の成り立ち
天才とは一般に、天性の素質に恵まれて才能を発揮する者とみなされる。しかし各々の天才と呼ばれる者の成り立ちを伝記などから紐解く限りでは、必ずしも彼らが幼少の頃から天才扱いされているとは限らない。また「神童(天才的な子供)も、大人になればただの人」などという警句にみられるように、幼い頃に天性の素質を見せていたからといって、それが大人になっても続くとは限らない。その生い立ちに少なからず他者の働き掛けが影響しているケースも多く、天才が天才たりえるメカニズムは依然不明である。
とはいえ、子供の頃から問題行動を含めて特異性の見られた人が、後年になって高く評価されるケースも多く、そのような特異性を持つ子供を幼い頃から専門的に養育する事で、天才とされる人を育てようと考える人は少なくない。幼児教育でも、親心や親の欲目から我が子を天才的な存在に育てたがる人は多い。
その一方、米国などではギフテッド(意訳すれば「授かりものの才能」)と呼ばれる、専門の教育で才能を開花する余地のある子供らが見出されている。アメリカ教育省は1993年に定義を発表、これに合致する児童に特別な教育(特別支援教育の一種)を与え、その才能を育てようという模索が続けられている。これらでは従来、所謂学習障害とみなされていた者も部分的に含まれるかもしれない。欠点に着目してそこをカバーするのか、長所を見出してそこを集中的に伸ばすかという問題も絡む。同様に扱われる存在として芸術性を発揮するタレンテッドがある。詳しくはギフテッドを参照されたし。
[編集] 天才と凡人(常識)
天才といえども全てにおいて凡人の遠く及ばない優れた存在という訳ではなく、あまり良き家庭人でない、日常生活においてしばしば奇行に及ぶ、などと常人に比べて「劣った」存在となってしまうこともまま見られる。しかし天才は天才(社会的に役に立つ存在)であるという理由もあって、それらは大目に見られる傾向もある。
良く知られている「天才の奇行」の逸話には、アルキメデスが行水中にアルキメデスの原理を発見し、裸で街の中を走り回った伝説が有名である。サルバドール・ダリは1936年のロンドン講演にて演壇に潜水ヘルメットを被って登場するも呼吸できずに卒倒、居合わせた聴衆は彼の「息が出来ない!」とする仕草を含め、彼流の奇行だと勘違いしたという逸話が伝えられている。
こういった逸話が良く知られているため、天才は奇行を行うものと短絡し、敢えて奇行を行って自らを天才と吹聴する者もまま見られる。
なおアルキメデスのストリーキングに関しては、当時成年男子が裸でジョギングをするのは普通の事であったとも言われている。天才の奇行が恣意的に吹聴される場合もままある事は頭に入れておくべきであろう。
[編集] 天才と偏り
ある分野で天才と呼ばれる人が、それ以外の分野、もしくはそれに近い別の物事についても同様の才能を発揮するとは限らない。「バスケットボールの神様」とまで賞賛されたマイケル・ジョーダンも野球に転向した際には成績を残せず、「政治の天才」であったヒトラーも戦略や戦術の才能は乏しく、軍事に口をはさむとしばしば的はずれな指揮をおこない、軍人を混乱させた。ロンメルは戦術の面で多大な才能を発揮したが、ヒトラーとは度々作戦の内容で衝突したという。 同様のことは、日本でも織田信長などに認められる。信長の政略や戦略は評価が高く、これらの面で天才と称されることが多いが、戦術の点では武田信玄や上杉謙信には劣ると評価されがちである(ただし、あくまでこの2名に比べてであり、その上結局直接対決はなかった為一概には断定できない。その一方信長は、イベントプロデューサーの才能や、築城、意匠などの点で独創的な能力をもっていたと評価されているため、広範な分野の天才の側面も備えている)。
その一方で、絵画や科学、都市設計などの多くに優れた才能を示したレオナルド・ダ・ヴィンチや、科学、文学、キャッチコピーと様々な分野で活躍した平賀源内、軍事や政略、果ては文学までも超一流だった曹操のように、多くの分野で「天才」と認められる人物もいる。
[編集] 天才たりうるタイミング
「天才は時代が作る」と言う格言もある。戦争のない時代に戦術に長けた人物が産まれても凡人で一生涯を終えることとなる一方、戦乱の時代に数学の才能に秀でた人物が産まれてもその才能を発揮することは困難であろう。物理学者の家系に産まれ、幼少時から物理学の英才教育を受けてきた者が芸術面での才能を開花することは困難であろう。本田宗一郎は機械の神様と称されるものの、学問向きではなかったため、彼が幼少時から英才教育を受けてきたならば彼の才能は開花困難であっただろう。軍事戦略面のみならず近代民法の礎を築いた点においても天才としての才能を発揮した英雄ナポレオンですら、その生涯には度重なるチャンスに恵まれていたために皇帝迄なることが出来たのである。そのためナポレオンに対して「フランス革命という宝くじで最後に当選した幸運者」と揶揄する説もある。
[編集] 定義と評価
クレッチマーは天才の定義を「積極的な価値感情を広い範囲の人々に永続的に、しかも稀に見るほど強く呼び起こすことの出来る人物」とした。チェーザレ・ロンブローゾは「天才は狂気だ」といった。トーマス・エジソンは「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」と述べている。ただしこの言葉は現在一般で言われている意味とは別の意味があることは余り知られていない(後述)。
中には生前には狂人扱いされながらも、後年になってその功績が評価され、天才扱いされるに至った人すら見られる(→ゴッホ)。この辺りは、「天才とナントカは紙一重」という慣用句が如実に物語っている。なおこの「ナントカ」の部分は馬鹿ないし気違い(差別用語に注意)という語になる場合もある。
古くは知能指数(IQ)で、ある程度の区分をもうける向きもあり、知能指数が150(平均は100である)ないし所定の値を上げ、これを超える辺りから知能面での天才という風潮もかつては見られたが、近年では知能指数の高低は必ずしも客観的に人の知力を数値化できないという見方も出ており、同指標による分類は行い難い傾向が見られる。これには同値が検査年齢や状況・出題傾向さらにはIQテストに対する慣れなどによっても大きく結果に差が出る問題も絡んでいる。
なお知能指数の高さは必ずしも天才性(創造性など)とは結びつかない。日本で有名な人物では山下清のように、知的障害があっても芸術面で高い評価を得ている人物も存在する。彼のように特異な一分野でのみ異常ともいえる才能を発揮する人たちも見られる。(→サヴァン症候群)
一般にはこの他に、秀才や英才という言葉もあり、こちらは学力など知識面での能力が高いことを指す。英才は天才に近い意味合いを含むが適切な教育を与えられての状態を指す傾向があり、秀才は自身が望んで修学に励み、結果的に学識を得た場合にこのように形容される。なお英才に関してはエリートの項を、秀才に関してはインテリの項をあわせて参照されたし。
[編集] 天才の努力とひらめき
「天才は努力しない」と言われることがあるが、天才と言われるまでになった人が誰よりも努力していた場合も多い。 かつてイチローに関して、「イチローはやっぱり天才ですか?」 と聞かれた山田久志は、「イチローは天才ではありません。 私はあんなにバットを振っている人間をみたことがないです」 と語っていた。 また、イチローの恩師である仰木彬もイチローに関して、「あれだけ練習すれば誰だって打てますよ。 まあ、普通の人はあれだけの練習ができないでしょうけどね」 と語っている。一方、先天的な能力である反射神経の調査結果では、イチローの能力は、凡人は勿論、他のプロ野球選手と較べても、目立って優れている事実もある。
ただ、エジソンの言葉として知られている「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」だが、この霊感とも呼べる「ひらめき(閃き:inspiration)」が一般に軽視される傾向もままある。99%までもの弛まぬ努力も確かに必須なのではあるが、1%のひらめきを大切にし、これを生かす事が出来なければ天才ではなく、エジソンは自身を指して自然界のメッセージを受け取る受信機に例えるほどひらめきを重視していた。 (→トーマス・エジソン#ひらめき・『快人エジソン - 奇才は21世紀に甦る』ISBN 4-532-19020-7 )。
またエジソンはペンと紙を常時携帯し、思い浮かんだ瞬間には面倒くさがらずに書き留めていた事が知られており、またレオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタインもメモ魔としてつとに有名であった。余禄としては、双方とも研究以上にジョークを作ることに没頭したことでも知られている。過去の偉人の例においても、メモ魔として「思い付き」をきちんと残していた者は少なくない。文豪で知られたヘミングウェイもメモ魔で、メモした事を端から忘れてしまうため、彼の鞄が1922年にメモ毎盗難にあった際には、その時多くの長編・短編のプロットも同時に失われたという。
ただ、先にも述べた通り努力とひらめきはセットで扱われなければならない所を、しばしば「人が思い付かないようなことを思い付く」だけで自身が天才のように思い込む向きがいないでもない。この点は上で述べた「奇行をするからといって、その人が天才とは限らない」のと同種の問題を含むといえよう。
[編集] 架空の天才
天才は古くより、人類の歴史において文明の発展に大きく寄与してきた。このため尊敬と羨望を集める存在としても扱われ、架空の作品中でもしばしば登場する。身近な例では漫画などの大衆娯楽にもしばしばストックキャラクターの類型として登場する。
漫画やアニメ等で天才として登場する人物は、思い上がりの激しい人物か、その他の部分では変人であるかどちらかの描かれ方をしていることが多い。前者では『北斗の拳』のアミバ、後者では『パタリロ!』のパタリロが有名で、この辺りはデウス・エクス・マキナ(直訳すれば「機械仕掛けの神」)のような存在であり、物語を都合のいい方向に転がすための要素として扱われる。
このデウス・エクス・マキナ的な舞台装置としての天才は、場合によってはマッドサイエンティストのように、滑稽ないし異常な性格を持つ役柄として登場する事もある。また「自称天才」のような「痛いキャラクター」も登場するが、自称の場合では本物の天才に及ばない劣等感から、悲惨な事件を起こすなど歪んだ性格のキャラクターであることも多い。
その一方で天才を人為的に作り出そうというアプローチを取り上げたSF作品も多い。代表的なところとしては『アルジャーノンに花束を』が挙げられるが、この作品では脳への薬理的な働きかけと外科的手法とにより次第に知能が向上して一時的な天才となった者が、愚かだが状況に不満も抱かずに過ごしていた頃から、知能があがるにつれて猜疑心を抱いたり孤独に悩まされたりといった状況を経て、やがて己の知能が失われることに気付いて思い悩み、やがて最初の無垢な愚か者になっていく様子が描かれている。
[編集] 各分野の「天才」として有名な人物
[編集] 自然科学と数学
- アルベルト・アインシュタイン
- ジョン・フォン・ノイマン
- ジョン・ナッシュ
- ゲオルク・カントール
- アイザック・ニュートン
- アルキメデス
- コペルニクス
- シュリニヴァーサ・ラマヌジャン
- クルト・ゲーデル
- ゲオルグ・カントール
- エヴァリスト・ガロア
- ニールス・アーベル
- カール・フリードリヒ・ガウス
- レオンハルト・オイラー
[編集] 発明
- トーマス・エジソン(経営者としても優れていた)
- ニコラ・テスラ
- 平賀源内(日本のレオナルド・ダ・ヴィンチといわれている)
- アルフレッド・ノーベル
- ヘンリー・フォード
- ビル・ゲイツ(Microsoft創始者)
- スティーブ・ジョブス
[編集] 思想・哲学
- イマヌエル・カント
- ゴットフリート・ライプニッツ
- ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン
- 井筒俊彦
- アダム・スミス(近代資本主義の草分け)
- マクス・ウェーバー
- カール・マルクス
- 坂本龍馬(行動と先見性)
[編集] 芸術
- レオナルド・ダ・ヴィンチ(芸術以外に工学・科学・医学分野でも活躍)
- ミケランジェロ・ブオナロッティ
- ラファエロ・サンティ
- パブロ・ピカソ
- フィンセント・ファン・ゴッホ
- サルバドール・ダリ
- スタンリー・キューブリック
- 岡本太郎
- 葛飾北斎
- 運慶
- 世阿弥
- 雪舟
- 千利休
- 手塚治虫(ストーリーテラーとして、世界的にも評価される)
[編集] 音楽
- クラッシック関係
- ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(バッハ一族自体が音楽家を輩出したことから遺伝学的研究も行われた)
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
- ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
- フレデリック・ショパン
- リヒャルト・ワーグナー
- イーゴリ・ストラヴィンスキー
- ピエール・ブーレーズ
- 北爪道夫
- 他
[編集] 文学
- ウィリアム・シェイクスピア
- 松尾芭蕉
- 芥川龍之介(夭折型天才の典型例)
- アルチュール・ランボー
- 太宰治
- 川端康成
- 三島由紀夫
- アイザック・アシモフ
[編集] スポーツ
- ゴルフ
- タイガー・ウッズ(生まれながらの才能に加え、英才教育も受けている)
- バスケットボール
- テニス
- モータースポーツ
- 騎手
- 陸上競技
[編集] 政治・軍事
- 韓信(軍事面で)
- 始皇帝
- アレクサンドロス大王
- カール12世(主に軍事面で)
- ハンニバル(軍事面で)
- 大スキピオ(軍事面で)
- サラディン(軍事面で)
- タレーラン=ペリゴール(主に政略・外交面で)
- クレメンス・メッテルニヒ(主に外交面で)
- オットー・フォン・ビスマルク(主に政治面で)
- よくカリスマとも呼ばれる人物
- ナポレオン・ボナパルト
- ガイウス・ユリウス・カエサル
- 諸葛亮(主に軍事面で(しかし正史の編者は「臨機応変の軍略は不得手だったのではないか」と評している)
- アドルフ・ヒトラー(主に政治面で)
- エルヴィン・ロンメル(主に軍事面で)
- チンギス・ハーン(主に軍事面で)
- 曹操(主に戦略面で)
- 織田信長(主に政略・戦略面で。創造性・独創性でも優れているとの見方もされる)
- フビライ・ハーン(主に政治面で)
[編集] その他
- 盤上遊戯(ボードゲーム)
- 将棋
- チェス
- 剣豪
- 俳優・女優
- チャールズ・チャップリン(芸術面の才能もあり、当時のヒトラーの弾圧に対する思想も持っていた)
- ブルース・リー
- オードリー・ヘプバーン
- 映画監督・脚本家
- 武芸者等
[編集] フィクション
[編集] 関連文献
- 『天才』宮城音弥 岩波新書(青版 621)ISBN 4004120705
- 『天才の精神病理―科学的創造の秘密』飯田 真, 中井久夫 岩波現代文庫 ISBN 400600057X
- 『天才 創造のパトグラフィー』福島章 講談社現代新書 ISBN 4061457217