市街戦
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市街戦(しがいせん、英:Urban Warfare、米軍:Military Operations on Urban Terrain(MOUT)、英軍:Fighting In Build-Up Area(FIBUA))は戦闘形態のひとつで、民間人が生活する市街地・集落など建築物が存在する複雑な地形において行われる作戦・戦闘をいう。
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[編集] 概要
市街戦とは都市部において行われる戦闘である。閉鎖的な空間での小規模な戦闘の連続となるので、大規模な火力支援が行えないため、下車した歩兵部隊が戦闘の主役となる場合が多い。戦争の勝敗が主要都市の制圧にかかっていることは歴史的に見ても多い。第二次世界大戦においてはスターリングラード攻防戦やベルリン攻防戦、また現代においても、朝鮮戦争のソウル攻防戦、ベトナム戦争のテト攻勢、第四次中東戦争のスエズの戦い、ソマリア内戦におけるモガディシュの戦闘など多くの市街戦が行われてきた。近年世界各地で都市化がますます進んでいるために市街戦はより発生しやすい戦闘の一形態となりつつあり、作戦・戦術研究が進んでいる。
[編集] 特徴
市街戦は都市圏において行われるため、他の戦場にはない特徴がいくつか挙げられる。ここでは主要なものを挙げる。
- 目標の補足が地形的制約から極めて困難であり、ミサイルなどの精密誘導兵器の使用が難しい。
- しばしば市街戦において軍隊にとっての敵は防御側であるので、攻撃を行う際には、市街戦におけるさまざまな地形情報の優位が失われる。
- 地形的制約から通信に深刻な問題が起こりやすく、指揮統制に問題が生じやすい。
- 民間人がしばしば都市部には存在しているので、敵味方識別が難しく、火砲や戦略爆撃機などの兵器の使用、また作戦や戦術が制限される。
- 明確な戦線が存在せず、兵站の効率性を維持することは難しい。
近代戦においては、敵方の指揮系統が混乱し防御戦やゲリラ戦の様相を呈し始めた際に、市街そのものを防御陣地として利用する場合が多い。車を横転させたり、廃家具・廃タイヤを積むなどすることで、バリケードを簡単に構築できる。このため、戦闘工兵車なしでは、戦闘車両の投入が難しい。対人レーダーやナイトビジョンも、開けた土地より格段に使いにくくなる。さらに市街に陣取る側は、その市街について地形の情報があるため、部隊展開を優位に進め、戦術的にも建築物を掩蔽物として使い、効果的に戦うことができる。 こういった事情により、市街戦においては通常戦よりもはるかに多くの兵力と後方支援を必要とする。
[編集] 要領
[編集] 準備
市街は小火器の貯蔵・隠匿に適し、戦闘指揮所を秘密裏に設置することができる。また、制服を着用していないゲリラと、戦闘に無関係な一般市民との識別を難しくさせる。場合によっては、一般市民が武装して抵抗してくることすらある。このため市街へ突入する側は、市街の掃討戦術に関して高度の知識と練度を有しており、かつ、まとまった人員を適切に指揮できなければ、一点に釘付けになってしまい包囲され、殲滅させられる可能性が極めて高い。伏撃(ブービートラップ、小部隊による陽動作戦、高所からの狙撃など)をされた場合、速やかな反撃は非常に困難なものとなる。市街の戦域としての狭さは、過去にあっては騎馬など、近世や現在にあっては戦車や装甲車などの有効性を極めて薄くしてしまう。
仮に市街を爆撃するにしても、市街の広さの分だけの爆弾が必要となり、極めて効率が悪い。それでもなお敵勢力を全滅させることは不可能に近く、一般市民を犠牲にする可能性が極めて高いという明らかな欠点がある上に、爆撃後の瓦礫すら待ち伏せ戦法には有効な遮蔽物となる。近年の国際情勢から言っても非難を受ける可能性が極めて高い。従って、爆撃のような乱暴な手法は、政治上・戦略上・戦術上、取るべきではない。
[編集] 作戦(前段)
作戦地域に通じる道路はすべて封鎖し、通過車両はすべて検問にかける。武器が発見された場合には押収し、搭乗者を一時拘束する。この検問にも、逃走車両を攻撃するチームを含め、相当数の人員を割かれることになる。必要に応じて、一時的に水以外のインフラを止めることもある。作戦が近づいた段階では、包囲網を段々と狭めていく。市街が広い場合には、対人レーダーや暗視装置を併用し、隊員一人当たりの責任担当範囲が広くても疲労が少なくなるように努めることが望ましい。
ビラやラジオ・テレビ臨時放送による一般市民への避難勧告などが事前に行われることもある。たとえばアメリカ軍の例で言えば、現地語と英語で、戦闘に関係ない一般市民はすぐに避難を行うようにという意味のビラを空中より撒く。これには、臨時放送を行っているラジオ周波数やTVチャンネルが書いてあることが多い。このことは、現地の武装勢力に対する一般市民からの援助を断ち切り、彼らに対する心理的な乖離を狙った、心理戦の一環ともなっている。なお、アメリカ軍は「ビラ捲き専用機」「空飛ぶテレビ局・ラジオ局」とでも呼ぶべき各種心理作戦機を保有している。
[編集] 作戦(後段)
実際の戦闘においては、家やビルを一軒ずつ掃討していかなければ、残兵に背後を取られる可能性がある。また、下水道などがトンネル代わりに使われる場合もある。こういった事情も含めて、相当の兵員が必要となる上に、作戦にかかる時間も相当なものとなる。その上で、室内に待ち伏せしている敵を見つけ出し無力化しなくてはならないため、通常戦での戦法がほとんど無効となる。
通常戦と異なるのは、障害物、伏撃(待ち伏せ攻撃)、対戦車障害の多さなどの戦闘の難度だけではない。部隊の展開状況が把握しにくくなるため、小隊長や分隊長、班長クラスに通常戦よりも多くの権限を与える必要がある。部隊長のみならず作戦参加兵員全員が「自分が敵ならどうするか」を頭に叩き込んで行動しなければならない。
また、通常戦よりも工兵が多数必要となる。ドアを吹き飛ばすことは敵に十分予測されているため、代わりに工兵がプラスチック爆弾などで壁を吹き飛ばすこともある。
射撃による交戦になった場合は、ほとんどの場合はCQB(閉所戦闘、近接戦闘)となる。射撃のみならず、小火器での打撃や銃剣戦闘、格闘戦などの白兵戦につながることもある。またブービートラップによる死傷も発生しうる。これらの戦闘は、汎用機関銃や分隊支援火器、狙撃兵による援護射撃があれば有効性が極めて高まる。
閉所戦闘・近接戦闘そのものの詳細についてはCQBを参照。
敵狙撃兵に対して、味方の狙撃兵を対抗させることは得策ではない。なぜなら、敵は物陰などに周到に狙撃兵を配置していると考えるのが妥当であり、敵狙撃兵のだいたいの位置が分かった時には、味方の狙撃兵を配置する余裕がなくなるためである。一般兵が狙撃兵に対処する即興の安全策は、対戦車兵器を敵狙撃兵の位置へ発射するというものである。この方が迅速かつ的確に処理できる。味方の狙撃兵は、なるべく高い位置や、開けた場所を見渡せる場所(しかも、米軍でいう「セキュア」な場所)に配置する。
すべての部隊は、援護射撃を得られる安全な撤退路を確保してから戦闘行動に移らなければならない。また、兵を孤立させることも得策ではない。現地部隊の隊長(中隊長、小隊長クラス)は、どの建物が掃討済みかの報告を受け取り、把握しておく必要がある。この情報がなければ、増援(兵員、車両、ヘリ)や後方支援(弾薬の補給、負傷兵の後送など)を受けることも難しくなる。通信担当兵員が負傷した場合は、すぐに別のものが代わる。ただし、軍用無線機に多いVHF無線は、市街(特に遮蔽物内)では明瞭な通信が困難になるとのことである。現場で敵部隊のだいたいの位置を示す場合には、手による合図や言葉よりも、実際に曳光弾でその位置に射撃を行う方が効果が高い。
歩兵による掃討がある程度進んだ時点で、車両(装甲車や戦闘工兵車)を進出させ、ヘリなどで上空から偵察・援護を行うことが有効である。いきなり車両を進出させると、敵の対戦車兵器の待ち伏せに遭う可能性が極めて高い。
アメリカ陸軍や海兵隊の教範では以前、室内に突入する前に手榴弾を投げ込むように教えていたが、これは非戦闘員・一般市民を犠牲にする危険性が極めて高いため、特殊部隊を中心に閃光手榴弾、いわゆるフラッシュ・バン・グレネード(轟音と閃光を発するが、人体に危害を与えない)を使用するようになってきている。ヘルメットの他に鉄板入り防弾ベストを着用することも多い(ただし重いため、行動は鈍くなる)。また鏡(近年ではCCDカメラ+ディスプレイ)を積極的に活用した偵察も行われる。
持続射撃を行う汎用機関銃や分隊支援火器は、窓や壁の穴から銃身を突き出してはいけない。これは、発射炎で射撃位置を特定される恐れがあるためである。また、室内から対戦車兵器を発射する際には、前後に十分な空間があり、かつ、回りに味方がいないことを確認すべきである。でなければ、発射炎で射手や味方が重度のやけどを負うこととなる。
[編集] 市街戦の例
具体例として、モガディシュの戦闘では、上空から狙撃兵援護を行っていたアメリカ陸軍のUH-60 ブラックホーク・汎用ヘリコプターが対戦車擲弾発射器(RPG-7)で2機撃墜され、米軍兵士の被害が拡大した。RPG-7は無誘導のロシア製旧式兵器だが、安価かつ強力である。また、ピックアップ・トラックに重機関銃や無反動砲を積んだ程度の車両のような旧式兵器でも、甚大な被害が出ることがあった。(詳細はモガディシュの戦闘を参照)
[編集] アジア
[編集] ヨーロッパ
- スパルタクス団の暴動
- ミュンヘン一揆
- ワルシャワ攻防戦(第二次世界大戦)
- レニングラード包囲戦(第二次世界大戦)
- スターリングラード攻防戦(第二次世界大戦)
- ワルシャワ蜂起(第二次世界大戦)
- ベルリン包囲戦(第二次世界大戦)
- サラエボ包囲戦(ボスニア内戦)
- グロズヌイの戦闘(チェチェン紛争)
[編集] 中近東・アフリカ
- アディスアベバ攻防戦・アクスム攻防戦(イタリア軍のエチオピア侵攻)
- エルサレム攻防戦(第一次中東戦争など)
- ベイルート包囲戦(レバノン戦争)
- ハマ事件
- モガディシュの戦闘(ソマリア内戦)
- バグダード攻防戦(イラク戦争)
- ファルージャの戦闘(イラク戦争後)
[編集] 参考文献
- 『コンバットスキルズ2』ホビージャパン (1988) ISBN 4-638461-20-X
- クリス・マクナブ&ウィル・ファウラー著『コンバットバイブル 現代戦闘技術のすべて』原書房
- 江畑謙介 『これからの戦争・兵器・軍隊(下巻) RMAと非対称型の戦い』 並木書房