東大宮バイパス
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東大宮バイパス(ひがしおおみやばいぱす)は、国道16号の埼玉県さいたま市内のバイパス道路である。さいたま市見沼区の宮ヶ谷塔交差点から、さいたま市北区の吉野町ICまでを結ぶ。全線4車線であるが、一部不完全ではあるものの6車線区間があり、この区間は大規模な工業団地であると同時に埼玉県道3号さいたま栗橋線と共用している。また、この区間は道路の構造上渋滞が生じやすくなっている。1981年秋に全線開通しているが、県道との共用区間は1973年より供用開始している。
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[編集] 6車線区間について
6車線区間は新大宮バイパスの起点である吉野町ICからで、県道さいたま栗橋線と共用する区間でもある。
右折線のスペースが考慮されていない片側3車線であり、外回り区間は吉野町IC信号から工業団地西信号先までは片側2車線しかないため、時間帯によっては新大宮バイパスの国道16号・国道17号分岐地点あたりまで渋滞することがある。その先は片側3車線である。工業団地東交差点(東北新幹線が高架で通過)を過ぎると中央は本線、外側は側道が分岐するようになっている。本線は原市地下道へ入る。側道は原市団地信号を過ぎると県道となるが、右折すると本線へと合流する構造になっている。
一方、内回りは埼玉県道1号さいたま川口線の高架橋を過ぎたところで埼玉県道3号さいたま栗橋線からの側道と合流するが、3車線分のうち1車線は右折線として使われているため、工業団地4つ角あたりまで終日渋滞している。そこを過ぎるとまもなく完全な3車線となるが、バイパスの終点である吉野町ICは外側2車線が新大宮バイパス・国道17号東京方面へ、中央1車線は市道への直進と国道17号上尾方面への右折線となっている。
[編集] 原市地下道
上尾市の瓦茸東信号を過ぎるとまもなく原市地下道へと入る。手前で側道が分岐していく(外回りは合流)。半地下方式で、地上部分は緑地帯が設けられている。また、内回り部分の側道は県道さいたま栗橋線の栗橋方向へ結ぶ役目もあるが、瓦茸東交差点で左折して同方向へ向かう車の方が多い。
側道の内回りは、そのまま進むと県道さいたま栗橋線からの上り線へと至る。また外回りの方は、原市団地信号から右折して入るようになっている。地上部分内回りは、埼玉県道1号さいたま川口線の陸橋信号を過ぎたところで車線が減少し、本線と合流する。また、地下道本線内回りは、やはり同じ位置あたりで車線が減少し、地上部分からの線と合流する。
[編集] 4車線区間について
原市地下道を過ぎると地上へ出て側道と合流し、信号を過ぎてすぐにJR東北本線(宇都宮線)を高架で渡り、地上区間へと入る。現在は沿道開発が進み、店舗や少し離れたところに住宅が建設されたりしている。やがて、東武野田線を高架橋で越えると終点である宮ヶ谷塔交差点となる。その先は岩槻春日部バイパスとなり、東北自動車道岩槻インターチェンジがあり、信号も多いため渋滞が目立つ。
[編集] 県道との分岐(合流)方式
1981年に全線開通したときは、県道大宮栗橋線(当時)を優先した構造であった。そのため、県道側は片側2車線で入ってくるのに対し、国道16号本線は1車線に減少させて入ってきた。その先は工業団地東の右折線となってしまうため、本線側の車は左折しなければならなくなり、合流する県道側も渋滞を招いていた。
一方、外回りも中央1車線のみが本線へ入るため、知らずに通行していたドライバーは本線側道へ向かうために原市団地信号で右折しなければならなかったり、中には強引に路肩を通り抜ける者もいた。
そのことが、一部雑誌などに取り上げられたりしたためか、1990年秋~1991年にかけ、改善がようやく行われた。外回りは路肩を撤去して中央2車線が本線へ入れるように改修し、また内回りは県道側も車線を減少させて合流させるようにし、国道16号本線優先の構造になった。
とはいえ、内回りの渋滞はかなり解消されたが、地上へ出るところあたりから先は流れが良くない。一方、外回りは混乱がなくなっている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 大宮国道事務所-みちづくりライブラリ(国土交通省関東地方整備局 大宮国道事務所)