楕円関数
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
楕円関数(だえんかんすう、elliptic function)とは、複素平面上で二重周期を持つ有理型(離散する極を除いて正則)の一価関数をいう。 狭義には、ヤコービの楕円関数、或いはワイヤーストラスの楕円関数をいう。
楕円関数の研究は、十八世紀、レムニスケート(連珠形)の弧長の研究から始まる。当初より楕円関数と呼ばれていたものではないが、円(三角関数)に似た加法公式がレムニスケートでも成り立つことから、レムニスケート関数の類を楕円関数(歪んだ円関数)と呼ぶようになったと考えられる。そして、楕円関数の最も顕著な特徴が二重周期性であったことから、二重周期を持つ関数を遍く楕円関数と呼ぶようになった。また、レムニスケート関数は四次式の平方根の積分の逆関数である。四次式の平方根の積分は楕円弧の求長問題にも現れるが、当時の数学の中心課題であった。そのため、四次式の平方根の積分を楕円積分と呼び、その逆関数を楕円関数と呼ぶようになったとも考えられる。但し、楕円積分の逆関数は必ずしも二重周期を持つ楕円関数にならない。恐らく、楕円関数の名の起こりは複合的なものであろう。
楕円関数は19世紀にアーベルによって拡張されて数学の中心的な研究分野となった。ルジャンドル、ヤコービ、アーベル、ワイエルシュトラス、リーマン、クロネッカー、ポアンカレなどがこの分野で研究を行った。楕円曲線と密接な関係がある。
目次 |
[編集] 定義
複素平面上で二重周期を持つ有理型の関数を楕円関数という。これは f が楕円関数であるとき、
となる複素数 ω1, ω2 で、
が成り立つものが取れるという意味である。τを周期比と呼ぶ。この ω1, ω2 を楕円関数 f の周期という。楕円関数を与える方法としてしばしば、ローラン展開を与える方法、二つの整関数の商で表す方法、という二つのものが使われる。ワイエルシュトラスの関数はローラン展開を与える方法を使い、テータ関数は後者の方法を使っている。周期の代わりに二分周期 (half-period) を考えることも多い。つまり
- f(z) = f(z + 2ω1) = f(z + 2ω2)
となるような ω1, ω2 を考え、これを半周期というのである。 二つの周期の作る基本領域
を周期平行四辺形と呼ぶ。
[編集] 楕円関数の位数
リュービルの定理により全平面で有界な解析関数、つまり、極や特異点を全く持たない解析関数は存在しない。楕円関数は、周期平行四辺形を単位に同じ値を繰り返す解析関数であるから、楕円関数の周期平行四辺形は必ず極を含む。楕円関数の周期平行四辺形に含まれる極の位数の合計を楕円関数の位数という。
楕円関数の周期平行四辺形を一巡する線積分を考える。(積分経路の上に極がある場合はζを僅かに動かして内部に取り込むものとする。)
f(z) = f(z + 2ω1) = f(z + 2ω2)によりとなる。これは、楕円関数の周期平行四辺形に含まれる極の留数の合計が0になることを意味する。従って、位数1の楕円関数は存在しえない。(位数1の極は必ず留数を持つ。)
偏角の原理によれば、f(z)が領域C内に持つ零点の位数の合計をNとし、極の位数の合計をPとするとき、
が成り立つ。f(z)が楕円関数であればも同じ周期の楕円関数であるから、楕円関数が周期平行四辺形に含まれる零点の個数は重複度を考慮すれば楕円関数の位数に等しい。さらに、f(z) − cの零点の個数を考えれば、楕円関数は周期平行四辺形毎に位数と同じ回数だけ全ての複素数値を取ることが分かる。
[編集] ヤコービの楕円関数
[編集] 定義
ヤコービの楕円関数は第一種楕円積分の逆関数として定義される古典的な楕円関数である。即ち、
のとき、
をヤコービの楕円関数という。kを母数という。母数は0 < | k | < 1とするのが普通であるが、極限を考えてk = 0とすると三角関数、k = 1とすると双曲線関数が現れる。
[編集] 基本関係式
定義から直ちに次の恒等式
の成立が確認できる。
とおくと、複素変数に対する関数の値は
実数の関数値の有理式で与えられる。即ち、ヤコービの楕円関数は複素平面上の有限なところで解析的である。とくに
が成立する。また、
とすると
となる。
[編集] 周期と零と極
第一種完全楕円積分K = K(k)及びを楕円関数の四半周期といい、τ = iK' / Kを周期比という。その名の通り4K及び4iK'は母数kの楕円関数の周期となっているが、必ずしも基本周期ではない。楕円関数の周期と零と極を下表に示す。
関数 | |||
周期 | 4K,2iK' | 4K,4iK',2K + 2iK' | 2K,4iK' |
零の位置 | 2nK + 2miK' | (2n + 1)K + 2miK' | (2n + 1)K + (2m + 1)iK' |
極の位置 | 2nK + (2m + 1)iK' | 2nK + (2m + 1)iK' | 2nK + (2m + 1)iK' |
f(0) | 0 | 1 | 1 |
f(K) | 1 | 0 | k' |
f(2K) | 0 | − 1 | 1 |
f(3K) | − 1 | 0 | k' |
f(iK) | |||
f(2iK) | 0 | − 1 | − 1 |
f(3iK) | |||
f(K + iK') | 1 / k | − ik' / k | 0 |
f(2K + 2iK') | 0 | 1 | − 1 |
f(3K + 3iK') | − 1 / k | − ik' / k | 0 |
[編集] 微分方程式
であるから、
となる。これにより、導関数を得る。
特に、楕円関数は以下の微分方程式の境界値問題
によって特徴付けられる。また、二階導関数は、
となるから、楕円関数は
微分方程式の境界値問題の解としても特徴付けられる。
[編集] 加法定理
次の公式が楕円関数について成立する。
が成り立つ。三角関数や双曲線関数についての加法定理
- sin(u + v) = sinucosv + cosusinv
- cos(u + v) = cosucosv − sinusinv
はこれの特別の場合である。
[編集] テータ関数による表現
ヤコービの楕円関数はテータ関数の比として表される。とすれば
となる。これらの恒等式を証明するために極と零点の位置を突き合わせれば、リュービュの定理により、各々の両辺の関係が定数倍であることが分かり、
により両辺が等倍であることが分かる。以下、慣例に従ってと書く。
より
より
及びにより
これによりを得て
となる。
[編集] 級数展開
ヤコービの楕円関数のマクローリン展開は以下のようになる。
但し、
[編集] 雑多な恒等式
k = 0の極限においてヤコービの楕円関数は初等的な三角関数になる。
また、k = 1の極限においてヤコービの楕円関数は双曲線関数になる。
加法定理より直ちに二倍公式
が得られる。三角関数の半角公式に相当するものは
である。
[編集] ワイエルシュトラスの楕円関数
ワイエルシュトラスのペー関数は次式
によって定義される楕円関数である。 ここで、Ωmn = 2mω1 + 2nω2 と置いた。右辺の和は m = n = 0 を除く全て整数の対についての和である。ω1, ω2 は二分周期(half-period)と呼ばれる。文献によっては ω が係数2を含むこともある。
この関数は周期 2ω1, 2ω2 を持つ。又、原点と合同な点に二位の極を持つ。よって、これは位数2の楕円関数である。(位数1の楕円関数は存在しないので、ワイエルシュトラスの楕円関数はヤコービの楕円関数と並んで最も簡単な楕円関数であるといえる。ワイエルシュトラスの楕円関数は一個の二位の極を持ち、ヤコービの楕円関数は二個の一位の極を持つ。楕円関数一般の性質として留数の合計は0になるが、一位の極の留数は0に成りえない。従って、楕円関数は二個以上の極を持って留数を打ち消すか、留数が二位以上の極を持つしかない。)
ペー関数の満たす微分方程式は
である。ただし
である。