アル・マーズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アル・マーズ(Almaaz)は、ぎょしゃ座ε星のことで、視等級は3.0等から3.8等まで変光するアルゴル型食変光星である。スペクトル型はA8 の超巨星で、距離は2000~2500光年と見られている。
目次 |
[編集] 変光の発見
アル・マーズは極めて特異な星のひとつとされている。それは極めて異例かつ説明困難な変光現象による。1821年にアル・マーズは初めて変光していることが報告された。しかし当初その報告は注目されることがなかった。その後1847年~1848年と1874年~1875年にかけて変光が観測された。
1912年になって、アル・マーズの過去の観測記録を確認したところ、思いもかけない事実が判明した。アル・マーズは1821年、1847~1848年、1874年に普段より暗くなっていることが明らかになったのだ。結論としてアル・マーズは伴星が主星を掩蔽することによって変光する、食変光星であることが明らかになった。
ところがアル・マーズの変光は変光周期が約9892日(27.1年)と極めて長い上に、食の期間が約2年間続く点が、当時知られていた他の食変光星と比べて極めて異質であった。しかも調べていくうちにアル・マーズの謎は解決するどころかますます深まっていった。なお、現在でもアル・マーズの変光周期は知られている食変光星中で最長である。
[編集] 変光の謎
ます、食の観測内容そのものに解釈困難な事実があった。まず0.8等と主星の光度が約半分になる減光があるということと、減光と復光の期間が約半年、そして通常よりも0.8等級減光している食甚期間が約1年間継続するという事実の解釈が難航を極めた。アル・マーズの場合、減光と復光の期間が1とすれば食甚の期間は2となる。主星の光度が半分になるのだから、伴星が全く光を発しないとしても主星の面積の半分を隠さなければならないことになるが、主星の半分以上の大きさの伴星が主星を隠すとしたら、減光と復光の期間がもっと長くなるはずであり、減光、復光と食甚の期間の比率が1:2になるという事実がどうしても説明がつかない。つまり普通の食変光星のモデルではアル・マーズの変光を説明することは不可能であることがわかった。
その上、食の期間は約2年間に及ぶことと、アル・マーズ自体が可視星としては極めて遠い距離にある星であることから、伴星は極めて大きな天体であることが想定された。しかし実視観測はおろか食の前後と食の最中でスペクトル型にほとんど変化が見られないなど、分光観測でも伴星の正体が全くつかめなかった。もし伴星が主星の前を横切らない角度に地球が位置すれば、アル・マーズは単にスペクトル型A8 の超巨星とされていたであろう。
やがて伴星に対する主星の動きから伴星の質量が計算された。伴星の質量は主星ほどではないが極めて大きく、現在の推計では主星が太陽の質量の15~20倍程度、そして伴星も10倍程度はあるとされている。これほどの質量を持つ天体が見えないという事実をどう説明するかという難問も持ち上がった。
[編集] 2つのモデル
アル・マーズの観測結果を説明するために、大きく分けて2つのモデルが提唱された。1つは主星を上回る大きさの巨大な半透明な天体が伴星であるというモデル。もうひとつは伴星が不透明な平べったい円盤型であるというモデルである。
第一のモデルの難点は、主星を上回る大きさの巨大な半透明な天体を想定すること自体が困難である上に、半透明な物体を通した場合、主星のスペクトルに何らかの変化が見られると予想されるが、そのような事実はない。そのため、現在では第二のモデルが一般的に受け入れられている。
[編集] なお残る謎
第二のモデルを採用すると、不透明な平べったい円盤型の天体の正体が何であるかが次の問題になる。質量的な面と伴星が観測にかからないという点から、伴星の中心にはブラックホールがあって、その周囲をチリが包んでいるというモデルが提唱された。しかしこのモデルには深刻な欠陥があった。ブラックホールの周囲を巨大なチリの円盤が取り巻いていれば、降着円盤が出来てそこから強力なX線やガンマ線、宇宙ジェットが観測されるはずである。しかしアル・マーズではそのようなものは全く観測されない。そこで現在では伴星は円盤型のチリに包まれた高温の星ではないかとも言われている。しかしこの説でも高温の星が見えない事実が説明困難であるという欠陥を抱えている。円盤型のチリの質量はたかが知れており、必然的に太陽の10倍程度はあるとされる伴星の質量のほとんどを占める高温星が、観測にかからないということの説明が困難なのだ。
[編集] 前回変光時の観測
アル・マーズは1982年から1984年にかけて減光した。この時の観測で食甚の最中にアル・マーズが増光しているという興味深い現象が捉えられた。そのため不透明な平べったい円盤の真ん中には穴が開いていて、ちょうどドーナツのような形をしているのではないかとのモデルが提唱されるようになった。そしてドーナツ型をしていると見られる不透明な円盤の形状ならびに伴星の質量から、伴星自体が連星なのではないかとの説が唱えられた。しかしこの説でも伴星が観測にかからないという事実を満足に説明は出来ない。
[編集] 次回の変光
アル・マーズは次回2009年から2011年にかけて変光する。その際、様々な観測がなされると思われ、アル・マーズの謎の解明に大きく前進することが期待されている。