ビェールクト型巡洋艦
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プロイェークト1134ビェールクト型巡洋艦(ロシア語:большой противолодочный корабль Серия 1134 Беркут)は、旧ソ連海軍・ロシア海軍の艦艇。1134ビェールクト型(Серия 1134 Беркут・「ヴィツェ・アドミラール・ドロースト」級)、1134Aビェールクト-A型(Серия 1134А Беркут・クロンシュターット級)、1134Bビェールクト-B型(Серия 1134Б Беркут・ニコライエフ(Nikolayev)級)がある。
西側では、それぞれクレスタI型ミサイル巡洋艦(英語:Kresta I class guided missile cruiser)、クレスタII型ミサイル巡洋艦(Kresta I class guided missile cruiser)、カーラ型対潜駆逐艦(Kara class ASW destroyer)または、カーラ型ミサイル巡洋艦(英語:Kara class guided missile cruiser)などと呼ばれた。ソ連・ロシア海軍での分類は、1134が「ロケット(ミサイル)巡洋艦」、1134Aと1134Bが「大型対潜艦(большой противолодочный корабль;БПКベペカー)」であるが、西側では、艦の性格から駆逐艦、または船体規模から巡洋艦とされる。
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[編集] 概要
[編集] 1134型
1134型は、それ以前の58(キンダ)型ミサイル巡洋艦と、61(カシン)型ミサイル駆逐艦(大型対潜艦)を統合した艦として設計されたミサイル巡洋艦で、ヴォルナー(Волна:波)艦対空ミサイルシステム(SA-N-1)及びプログレス長距離対艦巡航ミサイル(SS-N-3)を主兵装とする。全艦レニングラード(現サンクトペテルブルク)のジュダーノフ工廠(第190海軍工廠、現セーヴェルナヤ・ヴェルフィ)で建造されたが、建造は4隻で打ち切られ、以後は対艦ミサイルを対潜ミサイルに換装し、主任務を対水上から対潜水艦に路線変更した1134A型の建造に移行した。
本級は、ソ連邦崩壊前、既に2隻が除籍されており、残りの2隻も1994年までに除籍された。
[編集] 1134A型
1134A型は、ヴォルナーSAMをシュトールム(Шторм:時化)艦対空ミサイルシステム(SA-N-3)に換装、プログレス対艦ミサイルをメチェーリ対潜ミサイル(SS-N-14)に換装し、対潜任務艦(大型対潜艦)に生まれ変わったタイプで、1134原型同様、レニングラード(現サンクトペテルブルク)のジュダーノフ工廠(第190海軍工廠、現セーヴェルナヤ・ヴェルフィ)で10隻が建造された。
本型は、ソ連海軍の艦艇で初めてメチェーリ対潜ミサイルを搭載した艦であるが、同ミサイルの射程が55kmに及ぶのに対し、搭載ソナーの探知距離は10kmにも満たないため、艦のみでは対潜ミサイルの射程をフルに生かす事が出来ず、ヘリコプターなど航空機の協力を受ける必要があった。また、本型とほぼ同時期に、静粛なガスタービン機関を搭載した対潜任務艦(カーラ型、クリヴァク型)が続々と就役していく中、騒音が高いスーパーチャージャー付の蒸気タービン機関を搭載する本型は、対潜任務艦としては、今ひとつの感があった。
ソ連邦崩壊後、1993年までにに全艦が除籍された1134A型の内、アドミラール・イサコーフ(Адмирал Исаков)、ハバーロフスク(Хабаровск)、アドミラール・イサチェンコフ(Адмирал Исаченков)は、スクラップとしてインドへ売却されたが、アドミラール・イサコーフは、1990年代末に大西洋を曳航中、沈没している。
[編集] 1134B型
1971年~1977年に61コムーナ造船所(ニコラーイェフ北、第445海軍工廠)で建造された7隻の1134B型は、ソ連艦隊の対潜能力向上を意図し、プロジェクト1134A型の拡大型として設計された。主要兵装は1134A型とほぼ同一だが、機関はガスタービンとなり、静粛性は向上した。中口径砲も57 ㎜から76 ㎜に強化され、Osa/Osa-M(Оса/Oca-M)短距離艦対空ミサイルも追加された。強力な1134B型は巡洋艦クラスの大きさの船体であり、西側では「ミサイル巡洋艦」と呼ぶケースが多いが、最近では、対潜任務が主たる活動であることから駆逐艦と考える専門家も多い。搭載しているシュトールム艦対空ミサイルは、副次的に対艦攻撃能力を有しており、通常型150 ㎏高性能爆薬に代わり、25kT核弾頭を装着できる。また、アゾーフ(Азов)は1977年よりS-300 FORT(C-300Ф ФОРТ)ミサイルシステムを装備し、1134BF型と呼ばれている。
本型のガスタービンは、M-62巡航用2基、M8Eブースト用4基によるCOGAG方式である。ブースト用タービンは、本型以前に建造された世界初のオールガスタービン航洋艦・カシン型と同一のもの(ただし出力強化が図られている)であるが、これに加え、ソ連艦艇としては初めて巡航用タービンが別に備えられた。これは、カシン型においては、M8Eタービン4基のみの構成で、巡航時には、このうち半分の2基を運転する方式を採っていたのだが、M8Eのみでは燃費が悪く、巡航運転しても洋上航行中に燃料切れになって漂流するケースが続出したため、巡航用タービンの必要性が認識されたためであった。以後、ソ連のガスタービン艦は、一部を除いて同一主機のみの構成ではなくなった。
本型が出現した当時は、COGOGではないかとも思われていたが、1991年8月に、雑誌「世界の艦船」編集長・木津徹がウラジオストクを取材の為に訪問し、本型のペトロパーヴロフスク(Петропавловск)に乗った際、士官に「この艦が全速航行時に使用するガスタービンの数は?」と聞き、「6基です」という答えが返ってきたので、本型はCOGAG方式である事が確認された(ちなみに、木津編集長が乗る2年前の1989年8月には、軍事評論家・田岡俊次が、同型の「タリン」に乗艦している)。
本型は、1980年代後期になると陳腐化が目立ってきたため、1155型(ウダロイ級)と同等の能力を付与する近代化改装が計画された。この改装は、上部構造物までも換装するほどの大規模な工事になる予定であったが、1番艦ニコラーエフが工事に取り掛かろうとした時にソ連邦は崩壊、その後の財政難なども有り、本型は、改装されないまま次々と現役を去っていった。
現在、本型で現役に残っているのは、黒海艦隊・第30艦艇師団・第11対潜艦旅団所属の「ケルチ」「オチャコフ」のみとなっているが、「オチャコフ」は予備役と見られる。「ケルチ」は、1980年代後半に、新開発の大型3次元レーダー「ポドベレゾヴィク」(フラットスクリーン)を試験的に搭載して海上テストを行った。しかしソ連邦の解体により、このレーダーを搭載するはずの艦艇の建造が中断してしまった。「ポドベレゾヴィク」は試作で終わるかと思われたが、2004年にインドに売却された空母ヴィクラマーディティヤ(旧バクー)に採用される事になった。
この他、1134Bの兵装をバザリート(SS-N-12)対艦ミサイルに換装した発展型も計画されたが、1970年代には対潜任務艦の建造が優先されたため建造には着手されなかった。のちに、この計画はさらに改良され、1164型(スラーヴァ級)ミサイル巡洋艦として1980年代に実現する事になる。
[編集] 1134シリーズの存在意義
本シリーズ、特に1134Aと1134Bは対潜兵装を重視しており、対艦攻撃任務はほとんど考慮されていない(この他、同世代のクリヴァク型フリゲートも同様)。これは、当時(1970年代初頭)ソ連海軍は対艦攻撃任務は陸上基地航空隊や潜水艦や高速ミサイル艇に委ね、大型水上戦闘艦は対潜任務に専念させる方針を打ち出していたためで有り、決してソ連海軍自体が、対艦攻撃を軽視していたわけでは無い。この当時も、対艦ミサイルを搭載する潜水艦と小型高速艇は、精力的に建造していた(チャーリー型原潜、タランタル、ナヌチュカ型ミサイル艇など)。
旧ソ連海軍は、1970年代初頭より、自国近海から米本土を狙える長射程の潜水艦発射弾道ミサイルR-29を搭載する667B(デルタ)型戦略原潜の実戦配備を開始した。これにより、ソ連海軍の戦略原潜は、危険を冒して大西洋や太平洋の中部まで進出する必要が無くなり、オホーツク海やバレンツ海といった自国近海に展開しても、米本土を射程に収める事が出来る様になった。だがそうなると今度は、強力な空母戦力と原潜艦隊を有する米海軍が自国近海に侵入し、自軍の戦略原潜を捕捉・撃沈する危険性を考慮する必要が生じた。そこでソ連海軍は、大型水上艦の任務を、自軍の戦略原潜の援護に切り替えたのである。この「路線変更」を端的に示したのが、対水上打撃任務重視の1134の建造が4隻で打ち切られ、以後は対潜任務重視に設計変更された1134Aの建造に移ったという事実であった。
更に付け加えると、本型が出現した当時(1970年代初頭)、西側でも、まだ有力な対艦ミサイルは実用化されておらず対空ミサイルとの兼用であり、東側と同様に対艦攻撃任務は低い位置づけであった。 日本に至っては、護衛艦は対潜攻撃に注力する一方、対水上打撃能力は艦砲が主力であり、支援戦闘機F-1と八〇式空対艦誘導弾(ASM-1)の登場以前であった。少なくとも、1970年代の自衛隊にとっては、本型は強力な存在であったと言える。
[編集] 要目
[編集] 1134B型
- タイプ:大型対潜艦
- 排水量:基準8,200t、満載9,700t
- 寸法:全長173m、全幅18.60m、喫水6.70m
- 機関:COGAG方式ガスタービン
- M-62巡航用タービン×2基・12,000馬力+M8Eブースト用タービン×4基・80,000馬力
- 合計出力:92,000馬力
- 推進器:2軸
- 速力:34kt(63km/h)
- 火器兵装
- 4連装メチェーリ(SS-N-14サイレックス)対潜ミサイル発射機×2基(ミサイル8発)
- 連装シュトールム(SA-N-3ゴブレット)艦対空ミサイル発射機 ×2基(ミサイル72発)(ただし、「アゾーフ」はシュトールム・システム×1基およびS-300F FORT(SA-N-6グランブル)システム ×1基(ミサイル24発))
- Osa/Osa-M(SA-N-4ゲッコー)艦対空ミサイル発射機 ×2基(ミサイル40発)
- 76.2 ㎜連装対空対水上砲 AK-726DP ×2基4門
- AK-630 30mmガトリング砲CIWS ×4基
- 12連装RBU-6000対潜ロケット発射機 ×2基
- RBU-1000対潜ロケット発射機 ×2基
- 533 ㎜魚雷発射管 ×10門(「アゾーフ」は4門)
- 電子兵装
- MR-600ヴォスホート(トップ・セイル)3次元対空レーダー ×1基(「ケルチ」はMR-700(フラットスクリーン)×1基)
- MR-310UアンガラM(ヘッド・ネットC)3次元捜索レーダー ×1基
- ドン・ケイまたはパーム・フロンド航海レーダー ×2基
- グロム/ヘッド・ライトB/SA-N-3およびSS-N-14発射管制レーダー ×2基
- MPZ-301/ポップ・グループ/SA-N-14発射管制レーダー ×2基
- アウル・スクリーチ/76mm砲射撃指揮レーダー ×2基
- バス・ティルト/CIWS射撃指揮レーダー ×2基
- ハイ・ポールAおよびハイ・ポールB敵味方識別装置
- サイド・グローブ電波探知機 ×1基
- ベル・シリーズ電波妨害機または、ラム・タブ電波妨害機 ×1基
- MG-332タイタン2T/ブル・ノーズ/船体取り付けソナー ×1基
- MG-325ヴェガ/メア・テイル/可変深度ソナー ×1基
- 搭載機:Ka-25またはKa-27対潜ヘリコプター ×1機
- 乗員:525名
[編集] 同型艦
[編集] 1134型
全艦が1990年代前半までに除籍
- ヴィツェ・アドミラール・ドロースト(Вице-Адмирал Дрозд:ドロースト海軍中将)
- ヴラヂヴォストーク(Владивосток:ウラジオストク:ロシアの都市)
- スェヴァストーポリ(Севастополь:ウクライナの都市)
- アドミラール・ゾズリャ(Адмирал Зозуля)
[編集] 1134A型
全艦が1990年代前半までに除籍
- クロンシュターット(Кронштадт:クロンシュタット:ロシアの都市)
- アドミラール・イサコーフ(Адмирал Исаков)
- アドミラール・ナヒーモフ(Адмирал Нахимов:ナヒーモフ海軍大将:クリミア戦争で活躍した提督。セヴァストーポリ攻防戦で戦死。)
- アドミラール・マカーロフ(Адмирал Макаров:マカーロフ海軍大将:日露戦争開始時のロシア太平洋艦隊司令長官。旗艦ペトロパーヴロフスクが触雷・沈没時に戦死。)
- ハバーロフスク(Хабаровск:ハバロフスク:ロシアの都市)、旧名マールシャル・ヴォロシーロフ
- アドミラール・オクチャーブリスキイ(Адмирал Октябьский)
- アドミラール・イサチェンコフ(Адмирал Исаченков)
- マールシャル・チモシェーンコ(Маршал Тимошенко:セミョーン・チモシェンコ元帥))
- ヴァスィーリイ・チャパーイェフ(Василий Чапаев)
- アドミラール・ユマーシェフ(Адмирал Юмашев:ユマーシェフ海軍大将:第二次世界大戦末期のソ連太平洋艦隊司令官で、戦後の一時期、ソ連邦海軍総司令官及び海軍大臣を勤めた。)
[編集] 1134B型
- ニコラーイェフ(Николаев:ムィコラーイィヴ:ウクライナの都市):既に除籍。
- オチャコフ(Очаков:オチャキヴ:ウクライナの都市):予備役
- ケールチュ(Керчь:ケールチュ:ウクライナの都市):現役。
- アゾーフ(Азов:アゾフ:ウクライナの都市) ※1134BF級に改修:2002年除籍。
- ピェトロパーヴロフスク(Петропавловск:ペトロパーヴトフスク:ロシアの都市):既に除籍。
- タシュキェーント(Ташкент:タシュケント:ウズベキスタンの首都):既に除籍。
- ヴラジヴォストーク(Владивосток) 旧名:ターリン(Таллин:タリン:エストニアの首都):既に除籍。