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レント (ミュージカル) - Wikipedia

レント (ミュージカル)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

RENT (レント) は、1996年に初演されたブロードウェイ ミュージカルである。初演から11年が経つ2007年1月末現在においてもネダーランダー劇場で上演が続いており、現在上演中のブロードウェイ ミュージカルとしては、『オペラ座の怪人』と『美女と野獣』に次いで第三位、歴代でも第七位のロングラン公演記録を更新中である。

今日までに RENT は日本を含む多くの国々で上演されてきた。また映画化もされ、2006年4月に日本公開された。

10年以上にわたってRENT が上演されているニューヨーク・ブロードウェイのネダーランダー劇場
10年以上にわたってRENT が上演されているニューヨーク・ブロードウェイのネダーランダー劇場


目次

[編集] 概要

RENT (レント) は、プッチーニオペララ・ボエーム』の甘く美麗な世界 (1830-31年パリカルチエラタン) を、現代の粗暴な喧噪の中 (1989-90年ニューヨークイーストヴィレッジ) に置き換えるという構想のもと、ジョナサン・ラーソン作詞作曲脚本を担当し、ほぼ独力で書き上げたミュージカルである。1996年2月13日オフブロードウェイのニューヨーク・シアター・ワークショップで開幕、好評を博し、同年4月29日にはブロードウェイに舞台を移して大成功を収めた。同年度のトニー賞ミュージカル部門で最優秀作品賞、最優秀脚本賞、最優秀オリジナル作曲賞、最優秀助演男優を受賞、またピューリッツァー賞ドラマ部門でも最優秀作品賞を受賞するなど、数々の栄冠に輝いた。

RENT は、音楽的には「X 世代」や「MTV 世代」のロックミュージックと伝統的なブロードウェイ ミュージカルとの融合を意図したものであり、またプロットとしては、現代都市社会のさまざまな若者の生き方を基調としている。エスニック マイノリティ (少数民族)セクシャル マイノリティー (性的少数者)麻薬中毒HIV/AIDS などいった、それまでの主流派ミュージカルでは敬遠されていた人々や題材を幅広く取り上げている点でも画期的な作品である。

RENT が「伝説」的な人気を得るようになった理由のひとつに、原作・作詞・作曲・脚本を手がけたジョナサン・ラーソン本人の「神話」があげられる。ラーソンは七年の歳月をかけて彼の最初のミュージカルであるこの大作を書き上げたが、その開幕を目前にしたプレビュー公演初日の1996年1月25日未明に胸部大動脈瘤破裂によって35歳の若さで急逝した(詳細は下記「伝説とエピソード」の項を参照)。

なお RENT には熱狂的なファンが世界中に多く存在し、彼らは「レントヘッズ (RentHeads)」と呼ばれている。


[編集] ストーリー

1989年12月24日からちょうど一年間のニューヨークのイーストヴィレッジが舞台。元ロックミュージシャンのロジャーと、ルームメイトで自称映像作家のマークは、家主のベニーから滞納している家賃 (レント)を払うか退去するよう求められる。彼らを中心に、ゴーゴーダンサーミミ大学講師ハッカーコリンズ、ストリートドラマードラァグクイーンエンジェルアングラパフォーマーモーリーンハーバード大卒エリート弁護士のジョアンらが、貧困と病魔に苛まれる日々の生活の中にも愛と生きることの喜びを見いだしていく。彼らの中にはゲイレズビアンヘロイン中毒、そしてHIV陽性の者もおり、こうした登場人物たちによって、1980年代終わりのニューヨークの世相と、今では失われた「ボヘミアン イーストヴィレッジ」の世界が鮮やかに描かれていく。


[編集] 主な登場人物

  • マーク (マーク・コーエン)
    映像作家を目指す主人公。舞台ではナレーター役も務め、映像で親しい友達たちと過ごした一年間を記録する。ロジャーのルームメイト。かつての恋人モーリーンをジョアンに奪われたばかり。ジューイッシュ系ストレート
  • ロジャー (ロジャー・ディヴィス)
    マークのルームメイト。元人気ロックバンドのリードボーカルだったが、付き合っていた女性の影響でヘロイン中毒になる。女性の死後麻薬からは足を洗うが、引き蘢りとなり、「死ぬ前にただ一曲の名曲を書く」ことに没頭するようになる。下の階に住むミミに思いを寄せる。WASP系ストレートHIV陽性
  • コリンズ (トーマス・コリンズ)
    「コンピューター時代の哲学」を教えるかたわらハッカーを自認し、たびたびふらりと旅に出る破天荒な大学講師。マークとロジャーの元ルームメイト。エンジェルと恋に落ちる。アフリカ系ゲイHIV陽性
  • エンジェル (エンジェル・ドゥモット・シュナルド)
    ストリートドラマーにしてドラァグクイーン。明るく優しい性格。コリンズと恋に落ちる。ヒスパニック系ゲイHIV陽性
  • ミミ (ミミ・マルケス)
    マークとロジャーの下の階に住む、ヘロイン中毒のゴーゴーダンサー。ロジャーと恋に落ちるが麻薬から抜け出せず、ふとしたすれ違いからベニーのもとへ、そしてホームレスへと坂道を転げ落ちてゆく。ヒスパニック系ストレートHIV陽性
  • ベニー (ベンジャミン・コフィン 3世)
    マーク、ロジャー、コリンズの元ルームメイトだったが、富豪の娘との婚姻により、かつて住んでいたビルの家主に。依然そこに住むマークとロジャーに滞納している家賃 (レント) の支払か立ち退きかを迫る。アフリカ系ストレート
  • ジョアン (ジョアン・ジェファーソン)
    ハーバード大学を出たエリート弁護士。モーリーンの恋人だが、モーリーンの奔放さに振り回され、その関係を見直し始める。アフリカ系レズビアン
  • モーリーン (モーリーン・ジョンソン)
    アングラパフォーマー。マークの元恋人で、かつてはマーク、ロジャー、コリンズ、ベニーと一つ屋根の下で暮らしていたこともある。マークを振って、現在ではジョアンの恋人。WASP系バイセクシュアル


[編集] 曲目

以下は RENT の全曲目。数字は曲順、「舞」は舞台、「映」は映画、「☆」はオリジナル ブロードウェイキャスト レコーディングのセレクト版に収録されている主要曲。映画版では多くの説明曲が台詞になったが、主要曲はすべてカバーされていることが分る。

曲目 奏者
1 Tune Up #1
チューン・アップ #1
マーク、ロジャー
2 Voice Mail #1
ボイス・メール #1
マークの母
3 Tune Up #1
チューン・アップ #2
マーク、ロジャー、コリンズ、ベニー
4 2 Rent
レント
マーク、ロジャー、ジョアン、コリンズ、ベニー
5 You Okay Honey?
ユー・オーケー・ハニー?
コリンズ、エンジェル
6 Tune Up #3
チューン・アップ #3
マーク、ロジャー
7 3 One Song Glory
ワン・ソング・グローリー
ロジャー
8 4 Light My Candle
ライト・マイ・キャンドル
ロジャー、ミミ
9 Voice Mail #2
ボイス・メール #2
ジョアンの母
10 5 Today 4 You Candle
トゥデイ・フォー・ユー
エンジェル
11 You'll See
ユール・シー
ベニー、マーク、ロジャー
12 6 Tango: Maureen
タンゴ:モーリーン
ジョアン、マーク
13 7 Life Support
ライフ・サポート
エンジェル、コリンズ、マーク、ロジャー、サポートグループの参加者
14 8 Out Tonight
アウト・トゥナイト
ミミ
15 9 Another Day
アナザー・デイ
ロジャー、ミミ
16 10 Will I?
ウィル・アイ?
サポートグループの参加者
17 On The Street
オン・ザ・ストリート
ホームレスたち、マーク、コリンズ、エンジェル
18 11 Santa Fe
サンタフェ
エンジェル、コリンズ
19 12 I'll Cover You
アイル・カヴァー・ユー
エンジェル、コリンズ
20 We're Okay
ウィーアー・オーケー
ジョアン
21 Christmas Bells
クリスマス・ベルス
ホームレスたち、路上の面々
22 13 Over The Moon
オーバー・ザ・ムーン
モーリーン
23 14 La Vie Boheme
ラ・ヴィー・ボエーム
キャスト全員
24 15 I Should Tell You
アイ・シュッド・テル・ユー
ロジャー、ミミ
25 16 La Vie Boheme B
ラ・ヴィー・ボエーム B
キャスト全員
26 1 Seasons Of Love
シーズンズ・オブ・ラブ
キャスト全員 映画版では主要キャスト八人
27 Happy New Year
ハッピー・ニュー・イヤー
マーク、ミミ、ロジャー、モーリーン、ジョアン、コリンズ、エンジェル
28 Voice Mail #3
ボイス・メール #3
マークの母、ダーリング夫人
29 Happy New Year B
ハッピー・ニュー・イヤー B
モーリーン、マーク、ジョアン、ロジャー、ベニー、ミミ、エンジェル、コリンズ
30 17 Take Me Or Leave Me
テイク・ミー・オア・リーブ・ミー
モーリーン、ジョアン
31 18 Seasons Of Love B
シーズンズ・オブ・ラブ B
キャスト全員 映画版では主要キャスト八人
32 19 Without You
ウィザウト・ユー
ミミ、ロジャー
33 Voice Mail #4
ボイス・メール #4
ダーリング夫人
34 Contact
コンタクト
コリンズ、モーリーン、ミミ、エンジェル、ロジャー、ジョアン
35 20 I'll Cover You (Reprise)
アイル・カヴァー・ユー (リプライズ)
コリンズ、ジョアン
36 Halloween
ハロウィーン
マーク 映画版編集の段階でカット
37 Good Bye Love
グッバイ・ラブ
ミミ、ロジャー、ベニー、モーリーン、ジョアン、マーク、コリンズ
38 21 What You Own
ホワット・ユー・オウン
マーク、ロジャー
39 Voice Mail #5
ボイス・メール #5
ロジャーの母、ミミの母、ジョアンの父、マークの母
40 22 Finale
フィナーレ
ホームレスたち、マーク、ロジャー、コリンズ、モーリーン、ジョアン、ミミ
41 23 Your Eyes
ユア・アイズ
ロジャー
42 24 Finale B
フィナーレ B
キャスト全員

なお、曲目で「〜 B」とあるのは、本来は一つだった曲が別の曲や場面などによって分割されて独立したもの。もともとは後半にあたるものだけに「B」がついていたが、映画版ではこれが一律に「〜 A」「〜 B」という表記に変更されている。


[編集] オフブロードウェイ プロダクション

1996年1月26日、オフブロードウェイのニューヨーク・シアター・ワークショップでプレビュー公演初日、2月13日本演初日。

[編集] キャスト

[編集] スタッフ

  • 原作・脚本・作詞・作曲・編曲: ジョナサン・ラーソン
  • 監督・演出: マイケル・グライフ
  • 音楽監督・追加編曲: ティム・ワイル
  • 振付: マーリス・ヤービィ


[編集] オリジナル ブロードウェイ プロダクション

1996年4月29日、ブロードウェイのネダーランダー劇場で本演初日。キャストとスタッフ全員がオフブロードウェイと全く同じ顔ぶれという珍しい「引っ越し公演」となった。

[編集] キャスト

[編集] スタッフ

  • 原作・脚本・作詞・作曲・編曲: ジョナサン・ラーソン (トニー賞ミュージカル部門 最優秀作品賞・脚本賞・作曲賞 - 三賞受賞)
  • 監督・演出: マイケル・グライフ (トニー賞ミュージカル部門 最優秀監督賞 - ノミネート)
  • 音楽監督・追加編曲: ティム・ワイル
  • 振付: マーリス・ヤービィ (トニー賞ミュージカル部門 最優秀振付賞 - ノミネート) 


[編集] 映画版

クリス・コロンバス監督によりレボリューション・スタジオ (Revolution Studios) が映画化、2005年11月に全米公開、2006年4月に日本公開された。ブロードウェイの主要オリジナルキャスト八名のうち六名が同じ役で出演しファンを喜ばせた。

[編集] キャスト

[編集] スタッフ


[編集] 十周年記念チャリティー公演

開幕十周年を記念して、2006年4月24日、オリジナルキャスト全員がネダーランダー劇場の舞台上で再会し、一夜限りのチャリティー公演を行った。映画版には出演しなかったダフニ・ルービン=ヴェガやフレディ・ウォーカーも登場するとあって、チケットは価格が1000〜2000ドル (約12万〜24万円) という高額であったにもかかわらず完売、200万ドル (約2億4000万円) を超える収益がジョナサン・ラーソンと関わりのあるジョナサン・ラーソン・パフォーミング・アート 基金 (才能ある劇作家の卵を支援する団体)、フレンズ・イン・ディード (HIV/AIDS や末期ガン患者を支援する団体)、ニューヨーク・シアター・ワークショップ (RENT を製作したワークショップ) の三非営利団体に寄付された。

和気あいあいとした雰囲気の舞台上では、時折キャストが歌詞の忘れた部分を「それでなんとかかんとか... (and blah blah...)」などと補い、観客の笑いを誘った。またカーテンコールでは歴代キャストの大勢が舞台に登って “Seasons Of Love” を大合唱した。


[編集] 各国版プロダクション

各国版の RENT が上演された国は次の通り (2007年1月現在、五十音順): アイスランドアイルランドイギリスオーストラリア韓国スウェーデンスペイン中国ドイツ日本ハンガリーフィリピンフィンランドポルトガルメキシコ


[編集] 日本版プロダクション

1998年1999年に日本人キャストで「Breakthrough Musical RENT, Japan Tour」として上演。なお2002年にはガラコンサート「RENT Gala: The Concert Selections from RENT, The Musical by Jonathan Larson」も行なわれた。(なお役名の「ジョアン」を「ジョアンヌ」としているのはこの日本語版だけである。)

[編集] キャスト

[編集] スタッフ

  • 演出: マーサ・ベンタ
  • 振付: シェリー・ウィリアムス
  • 音楽監督: 深沢桂子
  • 製作: レント・プロジェクト・ジャパン


[編集] 新・日本版プロダクション

東宝日比谷シアタークリエが、新キャストによる日本版 RENT を2008年11〜12月に公演予定。現在 (2007年1月) 公開オーディションの第一次審査を行っている。


[編集] 伝説とエピソード

[編集] 構想からワークショップへ

  • RENT の企画は、劇作家ビリー・アロンソンが1988年に着手したロックオペラ構想に基づいている。翌89年になって当時29歳だったジョナサン・ラーソンが作曲者として加わり、彼はこれに二つの重要な決定をもたらした。一つはタイトルを『La Boheme』から『RENT』に替えること、そしてもうひとつは舞台をアッパーウエストサイドからより現実味のあるイーストヴィレッジへ移すというものだった。それはとりもなおさず、ヴィレッジに住むラーソン自身が毎月の家賃の工面に苦労していたからにほかならない。
  • この時期の RENT の筋書きはプッチーニのラ・ボエームとほぼ平行したものとなっており、初っ端にロックミュージシャンのロジャー (オペラでは詩人のロドルフォ) と映像作家のマーク (オペラでは画家のマルチェロ) が寒いといって原稿を燃やすところから、大学で哲学を教えるコリンズ (オペラでは哲学者のコッリーネ) がひょっこり帰ってきて、ドラマーのエンジェル・ドゥモット・シュナルド (オペラでは音楽家のショナール) がうるさいペットを殺して金を稼ぐ話を披露、その後ロウソクや落とし物があってロジャーとミミ (オペラでもミミ) が出会うところまで、まったく同じような展開となっている。
  • ボヘミアン イーストヴィレッジ」が終焉を迎えつつあった1991年頃になると、ラーソンはプッチーニのラ・ボエームという足かせから逃れて、もっと自由なかたちで当時 (1989-90年) のイーストヴィレッジとそこに生きる人々の現実を描きたいと考えるようになる。そこで彼は、将来この企画がブロードウェイで興行収益を上げる成功を得た際にはアロンソンにも収益の歩合を確保するという条件のもとに、RENT をラーソン個人の単独企画とすることに合意をえた (つまり買い取った)。これ以降の RENT は、ラ・ボエームのプロットとは特に関係のない、ラーソンのオリジナル脚本である。
  • ジョナサン・ラーソンが RENT のために書いた曲は300曲にものぼるという。最終的にそのうちの42曲が舞台に登ったが、これは通常のミュージカルを構成するのが15〜25曲であるのと較べると格段に多く、RENT はまさにオペラの様相を呈しているといえる。
  • RENT の音楽は、個々の歌のスタイルが非常にバリーションに富んでいることが特徴的である。例えば、“Rent” はロックンロール、“One Song Glory” はバラード、“Light My Candle” はチャチャ、“Today 4 U” はディスコ、“Tango: Maureen” は文字通りタンゴ、“Out Tonight” はポップ、“Santa Fe” はR&B、“La Vie Boheme” は典型的なショーチューン、“Seasons Of Love” はゴスペル、“Without You” はフォークと、それぞれ異なるスタイルで書かれており、これらをすべて一人で書き上げたジョナサン・ラーソンの非凡な才能がうかがえる。
  • こうした曲目の中には、ちょっとした「アクシデント」で書かれたものもあった。ある日ジョナサン・ラーソンは親しいアフリカ系の女性の友人と RENT の曲目について意見を交換していた。この友人は、ラーソンがどんなスタイルの曲でも書けることに感心しつつも、「でもゴスペルだけはきっと無理よ」とからかい半分に言った。二週間後、彼女と再会したラーソンが「こんな感じ?」とピアノで弾き語ってみせたのが、なんと RENT を代表する名曲となった “Seasons of Love” だった。
  • 一方 RENT の振り付けでは、登場人物がしきりとテーブルの上に乗るのが特徴的である。これはワークショップ期のレントの舞台装置が非常に簡略で、舞台の中央にあるものといえば本読みテーブルぐらいなものだった時代の名残りである。ワークショップで試行錯誤を繰り返しながら形成されていった RENT の脚本は、朝令暮改で変わることが多かった。しかも RENT の歌は歌詞のほとんどがを踏んでいるため (これがまた大変なことなのだが) オリジナルキャストはころころ変わる台詞や歌詞がなかなか覚えきれない。そこで彼らは、リハーサルでは脚本と楽譜が置いてあった中央のテーブルにしきりと近寄った。その舞台上の滑稽な動きがユニークな伝統として引き継がれ、これがブロードウェイや映画でも踏襲されている。
  • ジョナサン・ラーソンは、高校時代からの大親友がゲイでHIV陽性だったり、エイズで何人かの親しい友人を失ったり、付き合っていた恋人の女性をレズビアンに奪われるなどの体験を実際にしており、こうしたラーソン個人の経験や想い出が RENT には数多く織り込まれている。
 左:ジェシー・L・マーティン、右:アンソニー・ラップ
左:ジェシー・L・マーティン、
右:アンソニー・ラップ
  • ニューヨーク・シアター・ワークショップを通じて助成金がおり、RENT が本格的なプロダクションとなるまで、ジョナサン・ラーソンは軽食レストランでウェイターとして働き、細々と生活を支えながら RENT を書いていた。そのレストランにある日見習いウェイターとしてやって来たのが、後にコリンズ役を演じることになる、ジェシー・L・マーティンだった。またニューヨーク・シアター・ワークショップのチケット窓口でアルバイトとして案内やチケット販売などの手伝いをしていたのが、後にマーク役を演じることになるアンソニー・ラップだった。
  • ロジャー役にキャスティングされたアダム・パスカルは、本人がロックバンドのリードボーカルをつとめる、舞台経験のまったくない素人役者だった。ロックシンガーのパスカルには目を閉じたまま歌うという癖があり、スタッフを心配させたが、ある日これを指摘されると、二度と繰り返すことはなかったという。

[編集] オフブロードウエイからブロードウエイへ

  • 七年間の苦労と試行錯誤の末、ジョナサン・ラーソンは彼の初の本格的ミュージカルである RENT をオフブロードウェイのプレビュー公演にこぎつけた。1996年1月24日の晩、ラーソンは体調不良で気分がすぐれないのをおしてタクシーで劇場にかけつけ、最後のドレスリハーサルを見届けたあと、劇場でニューヨークタイムス紙の劇評記者の取材に応じる。その約一時間後、日付が変わった翌1月25日未明、夢にまで見た RENT の開幕を同日夕刻にひかえたその日に、自宅に戻ったラーソンはキッチンで倒れ、35年の短い生涯を終えた。胸部大動脈瘤破裂。直前の二週間に二度も倒れて救急病棟に駆け込んでいたのにもかかわらず、医者はインフルエンザ過労と誤診、この命に関わる重大疾患を完全に見落としていた。
  • ジョナサン・ラーソンが自らに忍び寄る病魔をまったく察知していなかったことは明らかであるが、その人生観がどういうものであったのかという点については疑問が残る。RENT 冒頭でロジャーが歌うバラード “One Song Glory” は、以下の歌詞で始まる:
      One song, Glory, One song, Before I go, Glory, One song to leave behind...
      (一曲の栄光、ただ一曲、ぼくが逝く前に、栄光、それは一曲の名曲を残すこと...)
    この歌は、死期を悟った者でしか表わせないような純粋な悲壮感と切望感に満ちている。このことから、多くの RENT ファンはこのロジャーにラーソンの姿をだぶらせ、ラーソンは自らの死の前にただ一編の名作ミュージカルを残そうとしていたのではないかと推測するのである。これが「ラーソン神話」と「RENT 伝説」の元となった。
  • 作者の急逝という悲報を受けて、1月25日のプレビュー初日は急遽、キャスト全員が舞台上に横一列に座ったまま台詞や歌を読み上げ歌い上げるという、リーディング形式による追悼公演に変更となった。しかし中盤の “La Vie Boheme” にさしかかると、内なる興奮を抑えきれないキャストは一斉に踊りはじめ、そのまま大詰めまで熱演しきった。最後のカーテンコールで、観客の一人が “Thank you Jonathan Lason” (「ありがとう、ジョナサン・ラーソン」) の一言を口にすると、舞台や客席の誰もがこの言葉を口にして、劇場は万雷の拍手喝采につつまれた。この “Thank you Jonathan Lason” の一句は、今日でも世界各地で上演される RENT のカーテンコールで舞台上にスライドで投影される伝統になっている。映画版でもエンドクレジットの最後にこの一句がちゃんと挿入されている。
  • この RENT の初演 (1996年1月26日プレビュー初日、2月13日本演初日) は、奇しくもプッチーニのラ・ボエームの初演 (1896年2月1日) から100年目にあたっていた。
  • ジョナサン・ラーソンの亡き後、RENT の登場人物たちに命を吹き込んだのは、それを演じた俳優たちだった。ニューヨークタイムス紙の絶賛と、オフブロードウェイ公演の大成功を推進力に、3ヵ月後 RENT は晴れてミッドタウンのブロードウェイに進出したが、ここでプロデューサーと監督は、ワークショップの時からラーソンと共に主要登場人物を創造してきたキャスト全員をそのまま再登用するという、ブロードウェイでは珍しいキャスティングを行った。このラーソンの熱い思いを継承した俳優たちのカリスマが、以後10年を越えるロングランとなったこのミュージカルの原動力の一因にもなった。

[編集] 映画化

  • RENT 映画化の企画は、1997年以降湧いては涸れて、毎年のように期待と失望の一進一退を繰り返していた。いつも問題となったのが脚本と配役で、中にはスパイク・リー監督、マーク・アンソニー (ロジャー)、ジャスティン・ティンバーレイク (マーク)、クリスティーナ・アギレラ (ミミ) 出演という、アイドル路線丸出しの企画まであったという。そんな中で、そもそも RENT を RENT たらしめた最大の要因である、ジョナサン・ラーソンのストーリーとオリジナルキャストに最後まで固執して、一度はそのために監督の仕事を棒に振り、最後にはそのために監督の椅子を得たのが、クリス・コロンバスだった。このため映画版 RENT は舞台形成期からの主要キャストの大多数を三たび呼び戻すという、前代未聞のミュージカル映画となった。
  • 舞台の RENT の世界を極力そのままのかたちで映画に再現することに、使命感のようなものをもって挑んだクリス・コロンバス監督だったが、その理由を本人は「自分もレントヘッド」で、また「かつてはイーストヴィレッジに寝起きするボヘミアンの一人だった」からだと説明している。
  • エンジェル役のウィルソン・ジャーメイン・ヘレディアは、RENT のキャスト中唯一トニー賞 (ミュージカル部門最優秀助演男優) を受賞した役者であるにもかかわらず、その後の役者活動をほとんど止めてしまった唯一の俳優でもある。したがって彼が映画出演を承諾したというのはファンにとっては大きな驚きであり、また喜びであった。何年も舞台から遠ざかって引退同様だった36歳の男性が、いきなり女装・ハイヒールで “Today 4 U” の華麗なステップとドラムスティックさばきを見事にきめたのには、クリス・コロンバス監督も驚き、これを絶賛したという。
  • 映画版でジョアン役を演じてその声域をいかんなく発揮したトレーシー・トムズは、それまでにも幾度となく舞台の RENT のオーディションを受けては落ちていた。それでも決して諦めなかったのは、本人いわく「重度のレントヘッドだったから」だそうである。
  • クリス・コロンバス監督は、映画版でいちばん難しかったのは「舞台と映画では感情移入の許容量が大きく違う」ことだったと語っている。友情、出会い、恋、そしてイベントの成功など、RENT の前半ではボヘミアニズムを謳歌する主人公たちの「明るく楽しい」暮らしぶりが描かれているが、後半ではこれがうってかわって、口論、破局、麻薬、失踪、病い、そして死などといった、現実に打ちひしがれる彼らの「暗く哀しい」部分が浮き彫りにされる。それらを語る数々の感情的な曲がたたみかけるように観客を襲う後半の展開は、舞台では必要な「盛り上げ」の手法であっても、映画では困った「やりすぎ」の演出になってしまう。実際、ひととおりの編集作業を終えたコロンバス監督は、出来上がったものを観て「ラストにさしかかる頃には自分でもくたくたになった」と打ち明けている。こうした事情から、マークが “Halloween” を歌う墓地でのシーンは編集の最終段階でカットされた。(なおこのシーンはDVD版にボーナスシーンとして収録されている。)

[編集] トリビア

  • RENT が上演されているブロードウェイのネダーランダー劇場では、一階席と二階席の前方が100ドル (約1万2000円) 前後、二階席後方でも50ドル前後の値段だが (2007年2月現在)、最前列の二列は特別に20ドル (約2400円) の当日券に設定されている。これは生前「お金に余裕がない学生やブロードウェイにあまり縁がない若い人たちにも楽しんでもらいたい」と口にしていたジョナサン・ラーソンの意志を継いだものである。開幕当初はこの最前列特別当日券を目当てにした徹夜組や連泊組の若者で、ネダーランダー劇場の周辺はキャンプ場さながらの様相を呈していた。この若者たちが「レントヘッズ」の元祖である。後に警備上の問題からこの「先着順」は「抽選制」に代わったが、この伝統は現在でもツーア公演が行われる全米各都市の劇場や、各国版が上演される外国都市の劇場でも基本的に踏襲されている。チャリティー価格2000ドルの高額チケットが話題となった十周年記念公演でも最前列の二列は20ドルの当日券で、その徹底ぶりが評判となった。
  • エンジェルが歌う “Today 4 U” では、金持ちの夫人から頼まれて近所のうるさい犬を「黙らせて」金を稼いだことが得意げに語られる。これはラ・ボエームでショナールが英国紳士から頼まれてうるさいカナリアを殺して金を稼ぐ話を下敷きにしているのだが、このカナリアが RENT では「秋田犬のエビータ (Akita-Evita)」になっている。これは1980年代中頃から90年代はじめのニューヨークの世相を反映したものである。当時ブロードウェイは低迷期にあり、国産の新作ミュージカルの多くは伸び悩んでいた。そんな中、ロンドン発の『キャッツ』、『スターライト・エクスプレス』、『オペラ座の怪人』、『サンセット大通り』などは好調で、これらを書いたアンドリュー・ロイドウェバーの一人勝ち状態にあった。そのウェバーの地位を不動のものにした作品が『エビータ』である。つまり「近所のうるさいエビータ」には「どこからも聞こえくるロイドウェバーのメロディー」を素直に喜べなかった当時のニューヨークの舞台関係者たちの本音が表わされている。この Evita に韻を踏ませたのが Akita であるが、当時アメリカでは飼い主に忠実で信頼できる高級番犬として秋田犬が注目を集めており、ニューヨークの金持ちの間では一種のブームとなっていた。ラーソンはこのふたつを巧みに組み合わせたのである。
  • この “Today 4 U” にはジョナサン・ラーソンの時代考証ミスが含まれている。歌詞の中で「秋田犬のエビータがまるでテルマとルイーズのように23階の窓から真っ逆さまに飛び降りた (After an hour, Evita, in all her glory, On the window ledge of that 23rd story, Like Thelma and Louise did when they got the blues, Swan dove into the courtyard of the Gracie Mews.)」というのがそれで、このテルマとルイーズというのは映画『テルマ&ルイーズ (Thelma & Louise)』への言及である。この映画が公開されたのは1991年だったが、1991年の時点でボヘミアンイーストヴィレッジはすでに終焉をむかえており、RENT のようなストーリが展開することはほぼ不可能な状況だった。ラーソンもあとになってこのエラーに気がつき、RENT は「12月24日からちょうど一年間」のイーストヴィレッジに繰り広げられるという曖昧な表現にしたが、クリス・コロンバスは映画化にあたって時代設定の必要性から、あえて脚本を「1989年の12月24日からちょうど一年間」と改めている。
  • 警官隊によるモーリーンのパーフォーマンス騒動の鎮圧と、その一部始終をマークが撮影してこれが彼の成功のきっかけになるというエピソードも、実際に起ったある事件を下敷きにしている。1988年8月6日深夜から7日未明にかけて、イーストヴィレッジは「トンプキンズスクエア暴動」という嵐に見舞われた。これは、イーストヴィレッジの中心に位置するトンプキンズスクエアパークに居座っていたホームレスたちを警官隊が追い出そうとしたところ、「これに反発した地元ボヘミアンたちが暴徒化して衝突」、重軽傷者44人を出すという流血の惨事になった事件である。ところがその一部始終をビデオに撮っていた近隣の住民がいて、これをテレビ局に持ち込んだことから大騒動になった。そこに記録されていたのは暴徒化したボヘミアンの姿などではなく、群衆に過剰反応して無抵抗な市民を警棒でめった打ちにしはじめた警官隊の姿だったのである。
  • モーリーンが披露する “Fly over the Moon” というマルチメディア パフォーマンス アートは、一般に過剰演技だと思われがちだが、実際には、当時のニューヨークのアングラ アートシーンを知る者を思わずニヤリとさせるほどリアリティーに溢れるパフォーマンスとなっている。
  • 第一幕の幕切れ (映画では前半の終わり) でキャスト全員が “La Vie Boheme” を歌うシーンの舞台になったライフ・カフェ (Life Cafe) は、イーストヴィレッジに実在するレストランである。

なお:

  • 日本のプログラムや種々の解説書では、なぜか “Joanne” をフランス語読みで「ジョアン」と表記しているが、これは誤りで、実際の英語の発音も、原作の発音も、すべて「ジョア」である。
    (注:“Joanne” は「ジョアン」、“Joan” は「ジョーン」、共に英語で女性の名前である)
  • 日本のプログラムや種々の解説書では、エンジェル役を演じた Wilson Jermaine Heredia のミドルネーム “Jermaine” を、なぜか「ジェレマイン」と表記しているが、これは誤りで、実際の発音は「ジャーメイン」である。
    (注:“Jermaine” はあのジャーメイン・ジャクソンのジャーメインと同じである)


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