仮想水
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産物の生産に要した水はその産物の輸出入に伴って売買されていると捉えるとき、その水を仮想水(かそうすい)と呼ぶ。世界的に水不足が深刻な問題となる中で、潜在的な問題をはらんでいるものとして仮想水の移動の不均衡が指摘されるようになってきた。
仮想水は、乾燥地帯に位置する中東の産油国諸国で水利権を巡る紛争が起きない理由に関する考察から提唱された。これは、石油の輸出で得られる外貨で食料を輸入することで、その生産に投入された水をも間接的に購入したものと解釈できるからである。水自体の輸送は多大なコストを要するため現実的ではないものの、その最終産物を輸入することで同様なことが現実的なコストで実現できているという効果である。この理論を打ち出したのがロンドン大学のアンソニー・アラン(Anthony Allan)である。
東京大学の沖 大幹はこれに対し、同じ産品を輸入国側で生産したときに必要となる水の量を間接水、輸出国側で実際に投入された水の量を直接水と呼んで区別した。これらは、特に農産物の場合気候等の条件によって水の所要量は異なるため、一致するとは限らない。全体として直接水の方が少なく、結果として貿易は世界的な水の使用量を節約している形になっている。
ただし、食料輸出の形で仮想水を輸出する側の国は必ずしも水資源に余裕があるとは限らない。工業化の遅れた国では主要な産業は第一次産業となり、必ずしも豊富とは言えない水資源の元で生産された農産物を外貨獲得のため輸出せざるを得ない状況となっているケースが見られる。これは、人口増加とともに深刻化する水問題のなかで、水の需給バランスを崩す方向に作用する。そして、食糧自給率の低い日本は豊かな水資源を誇りながらも食料輸入という形で大量の仮想水を輸入しており、その量は年間で数百億~千数百億トンと見積もられている。日本で使用される工業用水は年間130億トン程度であり、工業品輸出はこれを相殺するに至っていない。