大洗磯前神社
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大洗磯前神社(おおあらい いそざき じんじゃ)は茨城県大洗町にある神社。古代からの大社である。中世には荒廃したが、近世に復興した。ひたちなか市の酒列磯前神社と深い関わりを持ち、2社で一つの信仰を形成している。
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[編集] 概要
大洗磯前神社の創建は『文徳実録』によると、856年(斉衡3年)である。戦乱により中世には荒廃するが、近世になって、水戸藩主徳川綱條により再興される。再建された現在の本殿は独特の形をしている。
大洗磯前神社は岬の丘の上に鎮座し、社殿は海に面している。海岸の岩礁に最初に神が影向(神霊が出現すること)したと言われるところがあり、鳥居(神磯の鳥居)がたてられている。岬は陸地と海原の境界である。岬はこの世と異界の境界であると同時に両者を繋ぐところでもあるのである。岬に神が降臨したのは、岬が神が異界からこの世に来るためのゲートだったからといえるだろう。
大洗磯前神社は酒列磯前神社とともに2社で一つの信仰を形成しているが、これは珍しいことではない。鹿島神宮と香取神宮の例や熊野三山の例がある。一般的に近隣にある類似の形態の神社が複数集まって形成することが多いようだ。
この神社はまた漁業の神、医療の神などとして信仰されている。
[編集] 由緒
『文徳天皇実録』によると、856年(斉衡3年)に常陸国鹿島郡の大洗磯前に神が表れたという。ある夜、製塩業の者が海に光るものを見た。次の日、海辺に二つの奇妙な石があった。両方とも一尺ほどだった。さらに次の日には20あまりの小石が怪石の周りに侍坐するように出現した。怪石は彩色が派手で、僧侶の姿をしていた。神霊は人に依って「われは大奈母知(おおなもち)・少比古奈命(すくなひこなのみこと)である。昔、この国を造り終えて、東の海に去ったが、今人々を救うために再び帰ってきた」と託宣した(斉衡3年12月戊戌条)。 この2神のうち、大己貴命(大奈母知)を大洗に祀り、少彦名命(少比古奈命)を酒列に祀り、両社の創建となったという。
常陸国上言。鹿嶋郡大洗磯前有神新降。初郡民有煮海為塩者。夜半望海。光耀属天。明日有両怪石。見在水次。高各尺許。体於神造。非人間石。塩翁私異之去。後一日。亦有廿餘小石。在向石左右。似若侍坐。彩色非常。或形像沙門。唯無耳目。時神憑人云。我是大奈母知少比古奈命也。昔造此国訖。去徃東海。今為済民。更亦来帰。
『文徳実録』856年(斉衡3年)12月戊戌の条
[編集] 祭神
- 主祭神:大己貴命
- 配祀神:少彦名命
主祭神は大己貴命(おおなむち の みこと)である。大己貴命は、神々の中でも中心的な位置を占める神で、大国主命などの別名を持ち、記紀神話ではスサノオの子または子孫とされ、国造りを行なった。この神社においては、現在の社域の前方100メートルほどにある岬の岩礁に出現したとされる。
少彦名命(すくなひこな の みこと)は酒列磯前神社の祭神で、同社から分霊された。『古事記』では、出雲の美保の岬に船に乗って降臨し、大己貴命とともに国造りを行なった。それを終えたあと、『日本書紀』の「一書」では、出雲の熊野の岬から常世郷に去ったとしている。このように岬と縁の深い神であることから、磯前神社の祭神とされたのだろう。
国造りを始めとして、記紀や風土記などの神話で大己貴命と少彦名命は2神併せて登場することが多く、磯前神社に限らず、この2神の組み合わせで祭られることが多い。
2箇所の岬の神への信仰があったうえで、それとは別に大己貴命・少彦名命の2神への信仰があり、その2つの信仰が岬などの共通点を通して同一視され、2社の祭神がこの2神だとされるようになったのだろう。
またこの神社では大己貴命を大黒さん、少彦名命をえびすさんとしても信仰されている。この信仰も、別に大黒とえびすの組み合わせの信仰があって、大己貴命と大黒天が習合した結果、お互いのパートナーである少彦名命とえびすが習合して、成立したのだろう。
官社となった同じ年にこの2神に「薬師菩薩名神」という神号を奉られている。由緒にある通り、最初に出現したとき、僧形の姿で表れており、元来より神仏習合の要素が強い神だといえる。大己貴命と少彦名命は医神としての信仰もあるので、同じ医療の霊験をもつという薬師が本地仏とされたのかもしれない。しかし、本地仏にしては「~名神」という号がついているのはおかしい。「~名神」という号がある限り、やはりあくまで神としての神号であるといわざるをえない。そもそも、薬師菩薩ではなく、薬師如来であるべきであり、この神号は奇妙であるといえる。
[編集] 社名
『文徳実録』には、「大洗磯前」神とあるが、『延喜式』神名帳には、「大洗薬師菩薩神社」とある。現在では「大洗磯前神社」となっている。
[編集] 祭事
- 1月
- 5月
- (5月9日)茶釜稲荷神社祭
- 6月
- 夏越大祓式(6月30日)
- 茅輪くぐり神事(6月30日)
- 9月
- 秋分祭(9月23日)
[編集] 歴史
[編集] 末社
- (本殿向かって右横の末社)
- 大神宮(天照皇大神)
- 静神社(建葉槌命 手力雄命 高皇産霊尊 思兼神)
- 水天宮(天御中主神 安徳天皇 建礼門院二位尼)
- (本殿向かって左横の末社)
- 大杉神社:大物主命
- 水神社:罔象女命
- 八幡宮:玉依比売命・大帯姫命・応神天皇
- 大杉神社は茨城県稲敷市の大杉神社を中心とする信仰である。現在の祭神は大物主神であるが、あんば様として信仰されている。関東・東北地方の沿岸部に多くみられる神である。水神社は水の神である罔象女命(みずはのめ の みこと)を祀っている。八幡宮は大分県宇佐市の宇佐神宮を本源とする神社で全国に分布している。
- 御嶽神社:国常立命 大己貴命 少比古名命
- 清良神社:小幡宥円
- 清良神社は二の鳥居のそばに位置している。いわゆる御霊信仰の神社で不運の死をとげた小幡宥円の祟りをおさめるために祀られた。
- 烏帽子厳社:烏帽子厳神
- 烏帽子厳社は駐車場にある烏帽子岩と呼ばれる岩石の神霊を祀っている。
- 茶釜稲荷神社:倉稲魂命
- 櫛形山神社
- 大甕磯神社
- 與利幾神社:建御名方命
- 石尊宮
- 境内の西側に茶釜稲荷神社と與利幾神社がある。茶釜稲荷神社は倉稲魂命(うかのみたま の みこと)を祀っている。茶釜稲荷神社内には櫛形山神社・大甕磯神社がある。與利幾神社(よりき じんじゃ)は建御名方命(たけみなかた の みこと)を祀っている。拝殿と本殿がある。石尊宮は神奈川県の大山阿夫利神社の分社である。