最後の事件
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最後の事件 (The Final Problem、1894年)は、アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ作品の1つ。「ストランド・マガジン」1893年12月号、「マクリュアーズ・マガジン」1893年12月号初出。
ドイルのホームズものの断筆作となる。この作品の後、ホームズの死を悲しんだロンドン・シティーの金融マンが、喪章をつけて通勤したという噂もある。
これ以降、ホームズものの新作は8年後の1901年に発表された「バスカヴィル家の犬」まで待たねばならなかった(ただしこの事件は「最後の事件」以前に起こったものとしている)。ホームズが復活するのはさらに2年後の1903年、「空き家の冒険」によってである。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] あらすじ
ホームズとワトスンは、終生のライバルであるジェームズ・モリアーティ教授の追跡を逃れ、ロンドンからスイスまでやってくる。だがここにもモリアーティの追跡の手は伸びており、1891年5月4日、ライヘンバッハの滝の岩棚でホームズとモリアーティは対峙することになる。
ホームズとワトスンがライヘンバッハの滝に着いたところで、ワトスンは宿泊していたホテルからの手紙を携えた使いに会う。手紙にはイギリス人患者が病に倒れ、同国人の医者に診てもらいたい旨が記されていた。ワトスンはホームズを置いてホテルまで戻るが、それは偽の手紙であった。胸騒ぎを覚えながらもワトスンはあわててライヘンバッハまで引き返すが、ホームズの姿はどこにもなく、登山杖と滝の頂上へ向かう2筋の足跡が残されているだけだった。
足跡をたどると、滝の頂上で争ったあとがあり、そこにはホームズの最後の挨拶となる短い書き置きが残されていた。ホームズは、先刻の手紙が自分を1人にするためのモリアーティ教授の罠だと分かっていながらワトスンを見送ったのだった。
[編集] モリアーティ教授について
この作品で、ワトスンはホームズからモリアーティ教授のことを聞くのを初めてだといっている。だが後に発表された「恐怖の谷」で、すでにモリアーティ教授が事件の黒幕であると聞かされているのである。