色素
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色素(しきそ、coloring matter)とは可視光の吸収あるいは放出により物体に色を与える物質の総称である。色素となる物質は無機化合物と有機化合物の双方に存在し、染料や顔料に於いては発色成分としてして含むものも多い。逆にすべての発色が色素によるものというわけではなく、光の散乱による白色顔料や光の干渉による構造色や真珠状光沢など色素による可視光の吸収あるいは放出とは無関係の発色原理を持つ染料や顔料も存在する。また応用分野では色素と染料あるいは顔料との言い表しの区分は明確ではなく相互に言い換えられる場合もある。
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[編集] 概論
光の吸収あるいは放出は物質を構成する電荷と光子の相互作用の結果である。電子のエネルギー準位に相当する光の波長は多くの場合紫外領域に存在し、分子の電気双極子の振動に相当する光の波長は赤外領域に存在する。したがって可視光を吸収あるいは放出する色素となりうる化合物は少数である。また、通常存在する状態で目で色を感じるほどの呈色を示さないものは色素としてみなされない場合が多い。
また、実際には、単純に色素が光の吸収あるいは放出した光に、物質粒子による表面散乱や反射、透過、屈折、干渉などの光学的な効果が重畳する。したがって、色素の色と、それを含む物質の見た目の色とは必ずしも一致しない。
かつては特定の置換基、構造が色素の発色原因と重要視された時代もあったが、分子の構造が可視光の吸収あるいは放出に適したエネルギー準位の分子軌道や禁則帯を持つことが発色に重要な要素であると考えられている。したがって、経験に基づく色素の設計から、今日では色素を設計するために分子軌道法やバンド理論などの計算機化学によるシミュレーションにより、理論に基づいた設計することも可能になりつつある。
[編集] 色素の性能
色素の重要な機能として、観察者に対して色覚上の識別を与えるという点にある。しかし生物学的な見地から見ると、色素の持つ色彩以外の機能の方が重要な場合も多い。代表的な例としてヘム鉄が挙げられる。ヘムの中心金属が鉄であるヘモグロビンとミオグロビン、あるいは金属が銅であるヘモシアニンとが存在する。前者2者は赤色で、後者は淡青色であるがいずれも生体内では酸素の運搬に関与する重要な色素であり、色とその能力に直接的な関係は無い。チトクローム等ほかにも生体内では種々の色素が存在するが、生体内での重要な機能を担っているが、たまたま色彩を持っている為に色素と呼ばれるものも多い。
一方、色彩を持つことが重要である色素の代表が葉緑素(クロロフィル)である。葉緑素は太陽光の中から赤から近赤外の光エネルギーを効率よく吸収するための色素である。その上、光エネルギーの収集効率を上げるためにわずかに極大吸収換えた複数の色素が配置され、中心の色素分子に光エネルギーが集中するようになっている(アンテナ色素に詳しい)。また紫外線によるDNA損傷を防止するメラニンの機能も色が生物学的機能を持つ例でもある。また、捕食させることが繁殖に有利に働くことを考えれば、花弁や果実の色も能動的な機能では無いものの、自然淘汰により増強された色素のもつ生物の1つの機能とも言える。
人間活動における色素の位置づけを考えるとき、人間の印象に与える色彩の影響力には強いものがある。それ故、種々の顔料あるいは染料が、市場で取引される商品に特徴を与えるものとして求められてきた。19世紀に有機化学が最初に実用化された分野の一つが染色の化学であった。同世紀に軽工業が産業化するとともに多くの色素が求められ、有機化学の発展とともに多くの色素が発見・開発された。また、色素による染色法を応用することで多くの細胞小器官が発見され細胞生物学の発展に色素が寄与した。そして生物学と同様に生理学や医学の発展にも色素と染色とが応用され医療技術の発展にも大きく寄与している。たとえば色素が持つ染色の選択性から、エールリッヒは「魔法の弾丸」という着想を得、それが化学療法剤の礎となった。
また現代社会に目を転じてみると、機能性色素は写真、コピー、印刷、光通信媒体、光記録媒体などを始めとして、色素は種々の情報メディアに大量かつ広範囲に利用されている。したがって色素の存在なくしては今日の情報化社会は語ることができない。
[編集] 発色機構
前述のように発色は電荷と光子の相互作用なので、量子効率の高い物質では物質固有の特性である紫外吸収が長波長側にずれたり、あるいは近赤外吸収が短波長側にずれると、吸収スペクトルの裾野が可視領域にかかるので色として認識される。またセレン化合物のようにエネルギー帯間遷移のエネルギー準位の波長が可視領域と一致して呈色する場合もある。つぎに主な発色機構について説明する。
[編集] 発色団説
有機化合物と色と関係に初めて言及したのはドイツ人化学者グラーベ(C.Grabe)とリーベルマン(C.T.Libermann)である。彼らは1868年に、色を持つ化合物には炭素、窒素、酸素の不飽和結合が含まれることを発見した。その後、ドイツ人化学者ウィット(O.H.Witt)が学説として纏め、ウィットの発色団説と呼ばれるようになった。この理論に基づき研究と実用化が進められ19世紀終わりから20世紀初頭にかけて石炭化学工業を元にした染料化学工業が勃興した。
1876年にウィットは色を発現する化学構造に発色団(はっしよくだん、chromophore)という名称を与え、呈色の原因として必要な色原体(しきげんたい、chromogen)と命名し、染色性を高める為の置換基として助色団(じょしょくだん、auxochrome)を命名し両者から色素が構成されるとした。ウィットは次の置換基などを色原体とした。
- >C=C<、>C=O、>C=N-、>N=N<、-N=O
そしてつぎの置換基を助色団とした。
- -CH3、-OH、-NH2、-NHCH3、-COOH
また、1888年にイギリスのアームストロング(H.E.Armstrong)は呈色には分子内にキノン構造を持つ必要があるとしたキノン説を提唱した。これは発色団説の特定の場合であると考えられる。
その後、呈色の説明として分子軌道法による機構に発色団説はとって変わられた。したがって今日の発色団や助色団の意味はウィットの提唱した当時とは異なる。分子軌道法による呈色機構は後に詳説するとして、今日において発色団の意味は不飽和結合系に作用して共役系を延長したり電荷の偏りを偏重させる原子団を指す。例を次に挙げる。
- >C=C<、>C=O、>C=N-、>N=N<、-N=O、-N=N(→O)-、-NO2
また今日における助色団は塩を形成することで染色性を助け、且つ共役系に対して電子供与性あるいは電子吸引性を示す置換基を指す。その多くはは非共有電子対を持つ電子供与性置換基である。例を次に挙げる。
- -O-、-OH、-OR、-NH2、-NR2、-Cl、-Br、-CN、-NO2、-SO3H、-COOH
したがって、助色団も積極的に呈色に関与しており概念上は発色団に含まれるが、呈色に関わる主たる原子団を発色団と呼ぶ。
[編集] 分子軌道論による発色機構
発色団説は染料化学に対して多大な影響を与えたが、物理学理論に基づいで光学的物性を説明するものではなく、また染料化学が発展するにつれ食い違いう例も多く見られるようになった。今日では有機色素の呈色の多くは、共役π電子系が置換効果によりその吸収スペクトルを移動させたり、吸収強度を増大させることで物質の可視領域の吸収が増大して呈色すると考えられている。一般に長大な共役π電子系はより長波長側に吸収帯を持つ。次に縮合芳香環の環の数と極大吸収波長の例を示す
- ベンゼン(無色) - 255nm
- ナフタレン(無色) - 286nm
- アントラセン(淡青色) - 375nm
- ナフタセン(橙色) - 477nm (可視領域に極大吸収)
- ペンタセン(濃紺)- 575nm (可視領域に極大吸収)
上の図はグラフの吸収度は量子収率を加味して模式図としてスケーリングして示している。可視領域の上部には透過光の色を示し、可視領域以外の部分は灰色で示している。ベンゼンおよびナフタレンは可視領域に吸収を持たないために無色である。アントラセンは可視領域に吸収を持たないが、可視領域に蛍光を持つ為に淡青色に呈色している。ナフタセンは紫~黄色にかけて吸収を持つ為に補色である橙色に呈色する。ペンタセンは可視領域全般に強い吸収を持つものの、青色領域に吸収の極小値を持つ為に濃紺色に呈色する。
また、前述のように多くの置換基が置換基効果により吸収スペクトル作用する。したがって発色団や助色団の構成によっては比較的短い共役π電子系であっても強く呈色する。
[編集] 配位子吸収帯
遷移金属元素を含む化合物で、配位子場の作用で内殻の不対電子の励起による配位子吸収帯が可視領域と合致して発色する場合があり、結晶場着色とも呼ばれる。代表的な例ではルビーが挙げられる。ルビーはコランダムを構成しているAlの一部がCr3+に置換した構造を持つ。配位子場の影響でCr3+の内殻励起は紫と黄緑に配位子吸収帯を持ち、透過光は赤色に見える。同様な例として、他にもエメラルド、ヒスイ、アクアマリン、トルコ石、クジャク石あるいはザクロ石などが挙げられる。
[編集] 電荷移動吸収帯
異なる金属イオン間の電荷移動や分子軌道間の電子遷移のエネルギーに起因する電荷移動吸収帯が可視領域と合致して発色する場合がある。たとえばサファイアはコランダムに不純物として含まれたFe2+とTi4+のイオン間で電子遷移が発生する際に約2電子ボルトのエネルギー差がある。その為、電荷移動吸収帯は黄色から赤にかけて吸収を持ち透過光は青色を示す。同様な機構で酸化鉄Fe3O4、鉛丹Pb3O4も呈色することが知られている。
[編集] エネルギー帯間遷移
金属や半導体などバンド理論説明されるエネルギー帯を持つ物質の一部に、禁止帯幅が可視領域に合致するために色として現れる光学的性質を持つ物質も存在する。
たとえば、辰砂(硫化水銀(II))は禁止帯幅が2.1電子ボルトである。そして黄色以上の光エネルギーは電子の励起に利用されるので吸収され、それ以外は反射されるので赤く見える。カドミウムイエロー(CdS)は2.6電子ボルトで紫以上が吸収されて黄色に、セレン化カドミウムは1.6電子ボルトで可視領域すべてが吸収されるため黒ずんで見える。
[編集] 主な色素の区分・名称
色素は特徴、用等などを現す語ともに区分され呼びあらわされるが、次に代表的な区分・名称を示す。
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4, 生体由来の色素
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