アンデスの声
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アンデスの声は、エクアドルを主な拠点として活動しているプロテスタントのキリスト教放送団体HCJBの海外向け放送の呼称である。本部はアメリカ・コロラド州のコロラド・スプリングスにある。
HCJBは1931年、首都・キトにある仮スタジオで世界最初のキリスト教伝道放送を行ったのがスタートとされており、それ以来エクアドル国内向けのテレビ・ラジオ放送のほか、国際短波放送を全世界に向けて12言語、並びにエクアドルの地方方言22言語を使って放送を行っている。ロゴマークは地球を手ですくうイメージのイラストが使われている。またHCJBとは、スペイン語で「イエス・キリストが祝福する日」という意味の「Hoy Cristo Jesús Bendice」の頭文字から取ったものである。
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[編集] 日本語放送
日本語放送は太平洋放送協会の協力で1964年5月1日から尾崎一夫氏らが中心になって、まず日系人や日本人移民が多く暮らす南アメリカ向けに放送を開始し、その後同年に日本・極東アジア向けに、更に後で北アメリカ向けにも放送された。日本語放送の開始アナウンスでは、開始当初は「さくらさくら」、その後1990年代から日本・極東アジア向け放送では「コンドルは飛んでいく」をアレンジした音楽が使用されていた。
現地在住の尾崎一夫・久子夫妻を中心に30分番組(南アメリカ向けには1時間番組)を実施し、キリスト教関係の番組だけでなくリスナーから提供された投書の紹介、スタジオを訪れたリスナーとの対談などが行われた。 2000年で一旦短波による定時日本語放送は打ち切られた。2000年12月31日の短波による定時による最終放送では、「蛍の光」の合唱のあと、尾崎一夫が感涙の余り終了アナウンスコメントを詰まらせながら行ったという。
日本語による放送はその後、インターネットによるストリーミング(2001年4月1日~2002年3月31日 Windows Mediaによる)やオン・デマンドによる放送(2002年4月1日~不明 RealAudio使用。その後臨時にMP3を使用したこともあった)と、年に1~2回、短波で臨時放送を行った。 2003年7月、HCJBの日本語部及び尾崎一家はアメリカのイリノイ州ホイートンに移る。 2004年5月1日の臨時短波放送で、日本語放送はキトからは最後の送信となると同時に、同日、新たにできたオーストラリア・クヌヌラ送信所からの初めての日本語放送が行われた。
その後も臨時の短波放送はそこからの送信で行われ、更に日本の熱心なリスナーの定時放送復活の声に支えられ、遂に2006年6月3日に、同局のオーストラリア送信所から日本語放送が土・日の週2回の放送にて復活することとなった。これに伴い、東京都新宿区のウエスレアン・ホーリネス教会連合の淀橋教会に、日本のHCJBワールドオフィスが構えられることになった。
尚、2002年11月から、インターネットを介したメールマガジンの発行が行われている。
尾崎久子は2006年9月没した。
[編集] 現在の放送時間と周波数
放送時間(JST) | 周波数 |
土・日曜日7:30-8:00 | 15525kHz |
- 出力:100KW オーストラリア クヌヌラ送信所より送信
- 土曜日はシカゴの尾崎一家の制作による番組、日曜日は淀橋教会の制作による番組を放送。
- 日本語放送の受信報告書は、日本のHCJBワールドオフィスになった淀橋教会へ日本の返信用切手(80円切手2枚)同封にて送ること。
[編集] 日本のHCJBワールド・オフィス
日本のHCJBワールド・オフィスは、昔から放送伝道等に縁が深い、ウエスレアン・ホーリネス教会連合の淀橋教会が業務を行う。この教会は、太平洋放送協会や日本FEBCとも歴史的にも深い関係を持つ。2006年8月に正式発足の予定。
- 住所:〒169-0073東京都新宿区百人町1-17-8