ニコライ・トルベツコイ
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ニコライ・トルベツコイ(キリル文字表記: Николай Сергеевич Трубецкой, ラテン文字転写:Nikolai Sergeyevich Trubetzkoy)はロシアの言語学者で構造主義で知られるプラハ学派の要人。1890年4月15日モスクワで生まれる。中世リトアニアの貴族の家系で父が哲学者でもある。1913年モスクワ大学を卒業して講義を行っていたがロシア革命の後ロストフ・ナ・ドヌー大学、ソフィア大学、ウィーン大学に勤める。ヒトラーの教説に批判的だったためナチスに追いつめられ心臓の発作で死亡した(1938年6月25日ウィーン)。死後刊行された大著「Grundzüge der Phonologie」では意味を区別する最小の単位「音素」という概念が提起され、音そのものを扱う音声学から言語に関わる音を扱う音韻論が分離するきっかけになった。