ファンデルワールス力
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ファンデルワールス力(—りょく)は、電荷を持たない中性の原子、分子間などで主となって働く凝集力の総称。そのポテンシャルエネルギーは距離の6乗に反比例する。すなわち力の到達距離は短く且つ非常に弱い。この凝集力によって分子間に形成される結合を、ファンデルワールス結合(—けつごう)と言う。
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[編集] 物理化学的特性
この力は、ファン・デル・ワールスが実在気体の状態方程式を定式化した際に導入された凝縮力であり、それ故、彼の名を冠してファンデルワールス力と呼ばれる。ファンデルワールス力と分子間力とは同義のように使用されるが、厳密には分子間力は凝集力以外の斥力をも含むので留意が必要である。
ファン・デル・ワールス自身はファンデルワールス力が発生する機構は示さなかったが、今日では励起双極子やロンドン分散力などが元になって引力が働くと考えられている。すなわち、電荷的に中性で且つ双極子モーメントが殆ど無い無極性な分子であっても、分子内の電子分布は、定常的に対称で無極性な状態が維持されるわけではない。瞬間的には非対称な分布となる場合があり、これによって生じる電気双極子(双極子モーメント)が、同様にして出来た周りの分子の電気双極子同士と相互作用することによって凝集力を生じる。この様に動的に形成される双極子同士の引力を分散力と言いう。(分散に関与する力という意味ではなく、分極率の振動数依存特性を分散特性とよぶことにちなむ名称である)
ロンドンは電子の挙動を量子論的に扱い、上記の機構で分散力が働くことを示したので電子の量子論的挙動により自発的分極を起こすことに基づく分散力をロンドン分散力と呼ぶ。また、発生した他の分子の双極子は無極性分子の電子分布を偏向させ励起双極子を発生させる。
あるいは極性を持った(永久双極子を持つ)分子同士の双極子相互作用による引力も、ファンデルワールス力の範疇に入れる場合もある。
そして分子性結晶で分子間に働く力も、その主たるものはファンデルワールス力による。
[編集] ファンデルワールス結合
電荷を持たない中性の原子あるいは分子が、主としてファンデルワールス力で凝集している力を、化学結合の区分の1つとしてファンデルワールス結合と呼ぶ。永久双極子(双極子モーメント)を持つハロゲン化アルキルなど電荷的には中性であるが定常的に分極している物質の凝集も、必ずしも典型的なファンデルワールス力ではないが、ファンデルワールス結合の範疇に含める。それ故、ファンデルワールス結合の元になる分子間力という意味で、広義のファンデルワールス力が定義されることが多い。
理論的な(つまり狭義の)ファンデルワールス力は分子間に働く分散力で定義され、等方向性で原子間距離の6乗に反比例する力である。レナード・ジョーンズ型ポテンシャルの長距離方向のポテンシャルが6乗で増加するのは、このファンデルワールス力を表すためである。しかし、現実の分子は理論の想定する球体ではなくそれぞれ固有の構造をとるので、現実のファンデルワールス力も異方性を示す。すなわち分子の近傍においては分子の形状に応じて、つまりどの部分かあるいは方向によって、ファンデルワールス力の強弱が現れる。異方性が存在すると、結晶格子に配置する際に安定な状態が複数取りうるので、ファンデルワールス力の異方性は結晶多形の要因の一つとなる。
[編集] ファンデルワールス錯体
ファンデルワールス結合により形成された集合体は、ファンデルワールス錯体(—さくたい、van der Waals complex)あるいはファンデルワールスクラスターと呼ばれる。ファンデルワールス錯体は、多数の分子で構成される分子性結晶より、簡単なモデルで説明できるこのことから、分子性結晶を理解するためのプロトタイプとして、多くの研究の対称となっている。
[編集] 疎水結合
高分子化合物や分子クラスターにおいては、個々の原子のファンデルワールス結合は小さくても、分子量が膨大な為に結合エネルギーのうちファンデルワールス結合の占める部分が大きく、かつ支配的になる。その結果、水素結合やイオン結合など、他の結合の化学ポテンシャルと同じ影響力を持ち、疎水結合のような振舞いをとるようになる。すなわち、疎水結合にはファンデルワールス力が間接的に作用している。
[編集] ファンデルワールス吸着
また、物体表面に分子が吸着する様式の1つとして物理吸着が存在するが、物理吸着は主としてファンデルワールス力で吸着しているのでファンデルワールス吸着(きゅうちゃく、van der Waals adsorption)と呼ばれる。それ故、物理吸着はファンデルワールス結合の1形式と見なすことができる。ファンデルワールス吸着はBET吸着等温式が適用され、温度が高くなると吸着量が著しく減少する。