ボウイング
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ボウイング(Bowing)は、運弓法(うんきゅうほう)ともいい、擦弦楽器にあって弓をどのように動かすかという方法をいう。
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのヴァイオリン属の楽器など、擦弦楽器では弓の毛の部分を楽器の弦(げん)の上を垂直に交わるように接触させて音を出す。弓や弦の位置、接触させる毛の量(弓を傾ける角度)、弓を動かす方向、弦に加える力の強さ、弓を動かす速さによって音の強さや音色が変わる。
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[編集] ヴァイオリン属のボウイング
[編集] 基本運動
右手で弓を持ち、常に弦に対して垂直に交わるように往復させる。弓は直線運動であるのに対し、人体の構造上肘を屈伸させると手先は円を描く。各楽器によって弓の持ち方が違ってくるが、円運動を直線運動に変換させるためには手首と指の使い方が肝要である。
[編集] 弾き始める弓の位置
弓の一端を手で保持するので、手に近い方(元という)と遠い方(弓先という)では当然力の入り方が異なる。元の方が強い音に適する。また、微妙な表現には先の方が良いとされる。
[編集] 弓を弾く弦の位置
弦の中央(振幅の中心)に向かって駒から遠い方が柔らかく小さい音に、逆に端(駒)に近い方がきつく強い音になる。また駒よりで弾くと、高音を出しやすい。前者をスル・タスト、後者の極端なものをスル・ポンティチェロと言い、しばしば作曲者によって奏法が指示される。
[編集] 弓の毛の量
弦に接触させる弓の毛の量が多いほど、量感のある音となり、逆に少ないほど繊細な音になる。弓の毛の量は、弓を傾ける手首の角度によって調整される。一般的には弓をやや傾けて弾かれ、毛をすべて接触させることはほとんどない。
[編集] 弓の方向
元から先に毛を使う方向をダウン・ボウ(下げ弓)、逆をアップ・ボウ(上げ弓)と言い、それぞれ、
の記号を使う。普通ボウイングと言えばこの方向のことを言うほど、最も大切なことである。上の理由により、また、ダウン・ボウの方が引く方向であること、ヴァイオリンやヴィオラでは多くは下方向の運動になることから、ダウン・ボウの方が強奏に向くとされる。一般的にダウン・ボウを強拍に、アップ・ボウを弱拍に用いる。
また、だんだん弱くなる場合にはダウン・ボウが、だんだん強くなる場合にはアップ・ボウが適する。
楽譜にスラーが書かれていれば、それは複数の音に対して一弓(ひとゆみ)で演奏することを意味する。また、トレモロは逆に一つの音を何度も速く細かく返して(方向を変えること)演奏することであり、独特の聴感がある。同じ音形をピアノで実演するといわゆる「叩き弾き」となりピアニステイックな優美さから離れてしまう。弦楽器の美しい演奏姿勢は特権的である。合奏の場合は全員が同時に返す場合と、同時でなくなるべく速く返すようにする場合とがあり、聴感が異なる。
スラーの場合、ヴァイオリンとヴィオラでは上行音型にはダウンボウが適し、チェロとコントラバスでは逆になる。これは楽器を構える方向が体に対して逆、すなわち弦の高低の順番が弓に対して逆(ヴァイオリンとヴィオラでは高い弦が弓元に近く、チェロとコントラバスでは低い弦が弓元に近い)だからである。
非常に長い範囲にスラーがかかっていて記譜通りに演奏するのが不可能な場合は途中で弓を返す必要がある。この場合はアーティキュレーションの性格を損なわないよう注意しなければならない。
長く伸ばすべき一つの音をひと弓で弾ききれない場合は、音の途中で弓を返すことがある。音が途切れないようにするのは独奏の場合は非常にむずかしい技術である。合奏では、ひとつのパートの中で(他の奏者と)返す時点を変えることで音が途切れないようにする。
同じ音形でも弓の使い方によって表情が変わってくるため、指揮者が運弓法を指示することも多い。
なおオーケストラでは同じパート内でボウイングをそろえて演奏するのが普通である。
[編集] 強さ、速さ
弓の毛を弦に接触させる圧力が強い(「腕に重みをかける」ともいう)ほど、また弓を動かす速さが速いほど音量は大きくなる。ただし、同じ音量であっても、圧力が強く弓の動きが遅いときと、圧力が弱く弓の動きが速いときでは音色が異なる。
[編集] 全弓
弓の元から先まで(逆も)全部ひと弓で使い切ることを全弓という。全弓で往復させながら一音一音を分離させて演奏することをデタシェと言い、これは運弓の基本とされる。
[編集] 飛ばし
弦の少し上から弓を落とす感じで軽く叩くようにして演奏するのを一般に「飛ばし(スピッカート)」という。 同じ方向に(大抵はアップ・ボウで)連続してスタッカートを行う事をソリッド・スタッカートという。ダウン・ボウで行う場合もあるが、比較的稀である。 ヴィエニャフスキあたり以降の作曲家がこれを作品に取り入れ始めた。基本的に腕や手の筋肉の緊張によって引き起こされる"痙攣(けいれん)"を利用して行われる。この奏法には個人差があり、痙攣が遅すぎてソリッド・スタッカートにならない人や、速すぎて音にならない人もいる。この奏法を成功させる為には、一つのやり方として弓を弦に対して直角ではなく少々内側に引いてみる(真上から見て時計回りの方向)と弾きやすくなる。また、基本的なヴァイオリンの運弓法とは違って筋肉の緊張によって引き起こされる痙攣によって演奏するが、弓の速度などのコントロールはきちんと出来ていなければならない。
なお、主にスピッカートは弦から弓が離れる奏法なのに対して、スタッカートは弦から弓は離れない奏法を指す場合が多い。