ミュジーク・コンクレート
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ミュジーク・コンクレートまたはミュージック・コンクレート(musique concrète)は、録音技術を使った電子音楽の一種。具体音楽とも訳される。
楽音ではない、人の声、動物の声、鉄道の音、自然界の音、都市の騒音などを電気的・機械的に変質させ、組み合わせてできあがった音楽作品のジャンル名である。
ミュジーク・コンクレートには、当然ながら譜面は存在せず、録音されたものそのものが作品となる。(作曲者の個人的な備忘録やアイデアの下書きとしてグラフなどを紙面に書くこともあるが、それについてはあくまでスケッチの段階であり、それ自体を作品とはみなさないのが普通である。また記譜法は確定されておらず、完全に個々の作曲家独自のものである。)初期においては円盤(レコード盤)が用いられたが、テープレコーダーの発達によって、後にはテープを用いるのが当然となった。
ミュジーク・コンクレートの創始者は、フランスの電気技師ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer)である。彼は1948年頃からミュジーク・コンクレートの実験を始め、1949年頃からは作曲家ピエール・アンリ (Pierre Henri)とともに種々の実験的作品を作るようになる。
シェフェールらのミュジーク・コンクレート作品は、当初、ラジオを通じて発表され、初めて聴衆を前に公開されたのは、1952年のことという。
やがて多くの作曲家たちがミュジーク・コンクレート作品を手がけるようになった。エドガー・ヴァレーズ、リュック・フェラーリ、ヤニス・クセナキスなどが代表的である。オリヴィエ・メシアンやピエール・ブーレーズなどもミュジーク・コンクレート作品を手がけたが、両者とも後にそれらの作品を撤回している。
シェフェールはラジオフランス内の映像研究組織INA(Institut National d'Audiovisuel)の内部組織として、音楽研究グループGRM(Groupe Recherche Musicale)を作り(総称してINA-GRMとも呼ぶ)、これが現在まで続いているフランスを代表する電子音楽研究組織である。同じフランスでブーレーズが設立した後発のIRCAMがどちらかといえば演奏行為を主体とした生身の技術研究を中心に活動しているのに対し、INA-GRMはその発端の歴史が示すように、よりミュジーク・コンクレートに近い美学にのっとって活動している。両者は長いこと競合関係にあったが、2006年にIRCAM総裁が交替したことによりラジオフランスとの提携を打ち立てたことから、今後は両者の技術協力が進むものと期待される。
日本ではNHK電子音楽スタジオにおいて黛敏郎と諸井誠が、日本における初期のミュジーク・コンクレートの製作に関わったが、それと同時並行して在野では武満徹や湯浅譲二など実験工房の作曲家によって、ミュジーク・コンクレートの歴史の最初期から作曲が試みられていた(1951年-1955年)。特にオートスライドを使用した視覚的要素を含むマルチメディア作品が作られていたことは特筆に価する。
ミュジーク・コンクレートは基本的に、楽音ではない音のみで構成されたものである。時に楽器の音も用いられるが、それは楽音としてではなくひとつの騒音として用いられるのである。しかし、時に楽器演奏とミュジーク・コンクレートを混在させた作品も作られ、例として、カールハインツ・シュトックハウゼンの「少年の歌」が挙げられる。 1957年には長洲忠彦が杉並公会堂に於いてオーケストラ、合唱、ソプラノソロを録音したものに、ミュージック・コンクレートを融合させるという実験的な作品「不知火」(合唱、詩、ミュージックコンクレートによる幻想)を発表した。「不知火」は東芝によりレコード化されている。
現在は編集方法こそコンピュータが中心になったが、INA-GRMなどの電子音響研究施設や各国の公立ラジオ放送、主要な現代音楽祭などではなお多くの作曲家によりミュジーク・コンクレート的音響デザインのテープ音楽作品が多く作られ注目されている。例として電子音楽で権威を誇るコンクールのイタリア賞などが挙げられる。
また今ではコンピュータ・ミュージックの技術やソフトウェアの発展により、PRO-TOOLSなど一部のソフトウェアを用いれば、個人で簡単にミュジーク・コンクレートを作成できるようになった。またその画面表示のデザインによって、視覚的な記譜法もある程度確立されつつある。パリ音楽院では作曲科学生がミュジーク・コンクレートを作曲することが必修課題になっている。もはや具体音をデザインするだけでは作曲における問題提起とはならない時代に来ており、音楽大学やIRCAMなどの研究施設で学ぶ若い作曲家たちはミュジーク・コンクレートを単に作曲するだけでなく、それによって新たな展開を見出すことを迫られている。例えばミュジーク・コンクレートなどのコンピュータ音楽の実習をした後、器楽の作曲にそれらのアイデア(フィルトラージュなど)を生かす試みなどが行われている。
ミュジーク・コンクレートの影響・痕跡は今日の音楽のさまざまなところに発見できる。プログレッシブ・ロックの作品の中には、時おりミュジーク・コンクレートを部分的に取り入れたものがみられる。いや、時にプログレッシブ・ロックではないロックにおいてもこうした手法が使われることがある。また、ブレイクビーツなどのサンプリングを取り入れた技法は、ミュジーク・コンクレートの子孫であるともいえるであろう。
なお、日本ではミュージック(music)と言う英語が既にカタカナ語として確立されているため、「ミュージック・コンクレート」と書くこともある。本来の英語は語順が逆でconcrete musicが正しい。musique concrèteというフランス語を日本語に音写すれば、「ミュジーク・コンクレート」が理想的とまでいえないまでも、よりよいといえるであろう。