ノート:レパントの海戦
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レパントの海戦(レパントのかいせん)は、1571年10月7日に起きた、オスマン帝国海軍と、教皇・スペイン・ヴェネツィアの連合海軍との海戦である。ヨーロッパ連合側には、ジェノヴァやイタリアの諸国家、マルタ騎士団も加わっていた。この海戦は、ヨーロッパ史にとっては大いなる転換点ではあったが、オスマン史にとってはさほど衝撃的なものではなかった。ただしオスマン帝国がこの大敗に動揺し、スレイマン1世没後の帝国の曲がり角に立った大事件であった事は事実である。
逆のことを言っているように見えるのですがこれでいいんでしょうか?--苫 2006年11月3日 (金) 15:28 (UTC)
- 「西欧との軍事的な力関係においては大事件というほどの影響があったわけではない(トルコ海軍はすぐに回復している)が、トルコ国内的にはかなりの精神的ショック(無敵の自信が崩れた)があった。」ということですね。もう少し、表現を工夫する必要があるようです。 Zorac 2006年11月4日 (土) 05:22 (UTC)
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- なるほどそういう意味でしたか。わかりました、ご回答ありがとうございます--苫 2006年12月14日 (木) 19:16 (UTC)