レンテンマルク
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レンテンマルク(Rentenmark)は、ドイツにおける超インフレからの経済立て直しのため、1923年から発行された臨時通貨。不換紙幣である。
[編集] 概要
第一次世界大戦で敗戦国となったドイツは、ヴェルサイユ条約によって1,320億金マルクに上る莫大な賠償金を科せられた。1914年7月に1ドル=4.2マルクだった為替レートは、ルール問題の影響も受けたインフレの進行で1923年1月に1ドル=7,525マルクとなり、ライヒスバンクは次々にパピエルマルクと呼ばれる超高額紙幣を増発、地方政府や企業もノトゲルドといった臨時通貨を濫発した。その結果、対ドル為替レートは7月に1ドル=160,000マルク、8月には4,620,455マルク、9月に98,860,000マルク、10月に25,260,280,000(252億6028万)マルク、遂には11月に4,200,000,000,000(4兆2000億)マルクに暴落してしまう。
シュトレーゼマン首相はインフレ沈静化のため、銀行家ヒャルマル・シャハトの協力を得、レンテン銀行(Deutsche Rentenbank, Rentenは地代、利子、年金の意)を設立した。レンテン銀行は国内の土地を担保として11月15日にレンテンマルクを発行する。レンテンマルクとパピエルマルクの交換レートは1:1,000,000,000,000と決定された。レンテン銀行の通貨発行量は32億レンテンマルクに制限され、国債引受高も12億レンテンマルクに制限された。レンテンマルクは法定通貨ではなく不換紙幣であり、金との交換は出来なかった。しかしながらレンテンマルクの発行によりドイツのインフレは沈静化した。このインフレの収束は「レンテンマルクの奇跡」Wunder der Rentenmarkと呼ばれた。
レンテンマルクはその役割を終え、翌年1月に新法定通貨であるライヒスマルクに切り替えられた。8月30日には「レンテンマルク紙幣流通の廃止に関する法」が成立した。しかしながらレンテン銀行はその後も存続し、レンテンマルクも市場に流通した。