仁宗 (宋)
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仁宗(じんそう、1010年 - 1063年、在位1022年 - 1063年)は、北宋の第四代皇帝で、第三代皇帝・真宗の六男。諱は受益。皇太子になった後は禎。
1022年、真宗の崩御に伴って即位した。英邁な資質を持った人物であり、富弼や文彦博をはじめとする名臣を多く登用した。
当時の宋は、文治主義に重点を置くあまりに軍事力が弱体化し、そのために西夏などから圧迫を受けるなど、対外的には危機に瀕していた。このため仁宗は、宋の常備軍の強化などの軍事力の増強を行なう一方で、西夏や遼に対しては銀をはじめとする貢物を増やすことで友好を保とうとしたのである。しかしこのために国民に重税を強いることとなり、農村は荒廃して、一揆も多発することになったという。
また、このような社会不安が高まる中で、仁宗の治世に反対する一派から改革を求める声も表面化し、これは後の宋における権力闘争の内部分裂のさきがけにまでつながってしまったのである。1063年に、嗣子無くして病死した。
仁宗の治世の時代は、慶暦の治と呼ばれている。
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