原始キリスト教
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原始キリスト教(げんしきりすときょう)とは最初期のキリスト教のことであり、イエスの直弟子(使徒)たちがユダヤ、ガリラヤにおいて伝道活動(布教)を始めた時代より、新約聖書の主要な文書が成立した後の西暦150年頃までをいう。
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[編集] 原始教会
最初に書かれた福音書であるといわれるマルコ福音書が成立した頃の西暦70年頃以前をユダヤ教イエス派の運動と呼ぶ聖書学者もいる。キリスト教がローマ帝国で広まり、ローマ皇帝テオドシウス1世が380年に「国教」と定める以前に建てられたキリスト教会を「初代教会」又は「原始教会」と呼ぶ。
[編集] 原始教会の成立
最初の教会は、エルサレムに成立したとされる。そして、ユダヤ教徒によるエルサレム教会に対する迫害を契機にし、ステパノのグループが福音をサマリア・シリアへと宣教しにいき、それにペテロやパウロが加わって、福音はエーゲ海周縁諸都市から遂には60年頃にはローマにまで達したといわれる。しかし、ガリラヤ周辺にもキリスト教共同体が成立していたことや、エルサレムからユダヤ主義に傾くキリスト者がガラテヤ、ピリピ 、コリント の諸教会に「異なる福音」をもたらし来たこと、それにイエスの言葉伝承を担った人々がパレスティナからシリアに入ってその一部が共同体 を形成したことなどがパウロの手紙や福音書から想定できるし、またローマのみならずアレクサンドリアにもペテロやパウロとは独立に教会が設立されていたことが使徒行伝から推定できる。このようなことから、原始教会におけるキリスト解釈は統一には程遠く、それぞれの集団における教義も異なっているのが実態だった。そして神秘主義やグノーシス主義の立場からキリスト仮現論を説く集団もいた。
[編集] 原始教会の信仰
原始教会の信仰内容は、次の二つに大別できる。
- ケリュグマ伝承 - 『神がイエスを死人の中からよみがえらせた』『イエスは主である』という信仰告白に基いたもので、キリストの死を人間の罪の贖いとして捉えつつ、その死と復活を旧約聖書における預言の成就として解釈するものと、キリストの死を神に対する従順の証しとみなしつつ、褒賞として神により天に挙げられたとするものの二通りがある。
- イエス伝承 - イエスの奇跡行為と言葉が終末論的に解釈されたもの。