四辻与津子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
四辻 与津子(よつつじ よつこ、? - 寛永15年12月6日(1639年1月9日))は、後水尾天皇の側室。四辻公遠の娘。名はお四つ。藤原与津子。院号名は明鏡院。
お四つは、後水尾天皇の祖母で新上東門院に仕えていたが、帝の目に留まり、後宮に入った。帝との間には賀茂宮と梅宮を出産。お四つは、徳川和子入内前に帝の溺愛を受け、子を儲けた為、江戸幕府の怒りを買い、一時宮中を追われる。梅宮の出生を期に、お四つは帝と別れ、落飾している。
寛永15年(1638年)12月6日、死去。
カテゴリ: 江戸時代の人物 | 1639年没 | 歴史関連のスタブ項目