宮本雅史 (投資家)
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宮本 雅史(みやもと まさふみ、1957年 - )は、日本の投資家・元実業家。かつて株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)初代社長としてファイナルファンタジーを世に出した。
徳島県生まれ。灘高等学校を卒業。早稲田大学在学中にコンピュータの時間貸しビジネスを始めた。実家に戻ってから、父が経営する電気工事会社・電友社のソフトウェア制作部門を横浜市に開設し、自ら統括していたが1986年9月、電友社からソフト部門を買い取る形でスクウェアを設立。1987年12月、ファイナルファンタジーの第1作を任天堂ファミリーコンピュータ用に発売。以後、1988年12月にファイナルファンタジーII、1990年4月にファイナルファンタジーIII、1991年7月にファイナルファンタジーIVと立て続けに発表し、合計450万本を売り上げた。売上額はファイナルファンタジーIVだけで120億円に上る。社員1人あたりの売上に換算すると、1日あたり825万円である。
しかし株式公開直前の1991年、「初めから35歳になったら新しい事業を興したいと思っていたから」と説明して社長を退任。その後、アパレル業界に転じ、レディースアパレルチェーン店エスシステムを創立し、衣料品ブランドファイナルステージを展開。ヴィーナスフォート構想にもアイデアを提供した。傍ら、一投資家としてゲーム業界に関わり続け、1年の半分を米国で過ごしている。
2002年秋、スクウェアがエニックスとの合併計画を発表した際は野村証券が算定したエニックス1株に対してスクウェア0.81株の比率に不満を表明し、合併反対を示唆したことからスクウェア側の比率が0.85に引き上げられた。
なお、ディー・ワンダーランド(旧ティーアンドイー・ソフト)の大株主としても有名。
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