岩谷徹
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岩谷 徹(いわたに とおる、1955年1月25日 - )は、『パックマン』シリーズの生みの親として知られるゲームクリエイター。東京都目黒区出身。現在バンダイナムコゲームス・インキュベーションセンター所属。
東海大学工学部卒業。1977年にナムコ(現・バンダイナムコゲームス)に入社。ピンボールゲームを作りたかったというのが入社理由だったが、当時ナムコはピンボールを作っていなかったため、アーケードゲーム開発の担当となる。そこで『パックマン』のアイデアを思いつき、他の社員4人と共に開発した。その結果、1980年7月に日本で発売して大成功を収めた。その後、『パックマン』は北米をはじめ世界中でリリースされ、コンピューターゲームの歴史に名を刻むほどの大ヒットとなった。その他、ナムコにおいて『ジービー』、『リブルラブル』、『リッジレーサー』などの作品の開発にあたった。
現在は、ナムコの多くのゲームの監修を行っている他、2003年にCESAが開催した開発者セミナー「CEDEC 2003」において講師を務めたり、2005年4月から大阪芸術大学キャラクター造形学科の客員教授として教鞭を執るなど、対外活動も積極的に行っている。