東昏侯宝巻 (南朝斉)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東昏侯宝巻(とうこんこう・ほうかん、483年 - 501年、在位498年 - 501年)は、中国の南北朝時代の斉の第6代皇帝。姓名は蕭宝巻(しょう ほうかん)、字は智蔵。第5代皇帝明帝の息子。弟に和帝。
498年、父親の死に伴って皇位に就くが父親の葬儀の時に、明帝を哀悼するあまりに帽子が脱げて禿げ頭を露出させてしまった臣下を見て大笑いしてしまったという逸話がある。
まず父親の遺命によって皇帝を補佐する役目を担っていた6人の重臣を殺して独裁体制を作ると奸臣を近づけ、民材を奪い奢侈三昧に走るなど暴君のお決まりのコースをひた走ることになる。特に幼馴染であった潘氏を寵愛すること甚だしく、足の小さかった彼女のために庭園の歩道を黄金で作った蓮の花で敷き詰めたという。また、通行人を馬蹄で踏みにじることを好み、妊婦でさえも踏みにじったため親子ともども死んでしまうケースも続出した。つまりは享楽的且つ暴虐な人間である。おそらくは明帝の気質を受け継いだ(明帝自身も暴虐な人物である)のと育て方が誤っていたのだろう。
このような人物に治められて不満が続出しないわけがなく、臣下たちはこぞって諫言したが、逆にこれらの臣下たちを皆殺しにした。反乱が起きて、その反乱を鎮圧した予州刺史・蕭懿を殺害。事ここに至って蕭懿の弟である蕭衍(のちの梁の武帝)が東昏侯の弟で荊州刺史・蕭宝融(和帝)を奉じて挙兵。にも関わらず宮中で潘氏と享楽乱行に励んでいた東昏侯が敵うわけがなく、衛兵に殺害される。
東昏侯というのは死後封じられた封号であるが、「東のバカ殿様」という意味がある。
[編集] 余話
「水滸伝」「金瓶梅」に登場する美女潘金蓮の名前はこの潘氏の故事に由来する。
|
|
カテゴリ: 魏晋南北朝時代の人物 | 中国史の人物 | 483年生 | 501年没