水谷麻里
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水谷 麻里(みずたに まり、1971年7月18日 - )は、1980年代後半に活動した愛知県津島市出身の元女性歌手。本名江口 葉子(えぐち ようこ、旧姓水谷)。現役時代の所属事務所はサンミュージック 、レコード会社はビクター音楽産業(現在:ビクターエンタテインメント) 。
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[編集] 略歴
中学2年在学中の1985年、「'86ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に応募、10月26日に中野サンプラザで行われた全国大会で54,129名の中からグランプリに輝いた(このコンテストでは酒井法子もBOMB賞を獲得し、デビューのきっかけを作っている)。烏の鳴き真似が得意で、コンテストでも演じ、これが審査員に大受けした事から“鶴の一声”ならぬ“烏の一声”でグランプリを獲ったと評される。
1986年3月21日、「21世紀まで愛して」でデビュー。最初の1年目は細くやや不安定なボーカルで、どちらかといえば可愛らしさを前面に立てた典型的なアイドル歌手だったが、87年1月に発売した4thシングル「春が来た」から歌唱が一変、見違えるように声が太くなり歌が安定する。またこの頃からバックコーラスとしてあしたの黄色をつかみ隊(後のPumpKin)を従えるようになる。以降、「不思議路線」と銘打ってハイテンションで意味不明な暴走パワーに満ちたシングルを連発する。
1987年秋、雑誌の対談をきっかけに、デビュー前からファンだった漫画家の江口寿史との交際が親密化し、次第に芸能活動への熱意を失っていったという。そして1988年3月25日に東京・こまばエミナースで行われたコンサートを最後にメジャーの芸能活動を休止し、地元の愛知に帰る。その後地元でDJやCMの仕事を続け、1990年に18歳の若さで江口と結婚し、芸能界を完全に引退した。
最後となったシングル「春休み」は直前までの不思議路線とは一線を画した爽快なアイドルポップスに仕上がったが、最後のフェード部分にデビュー曲のフレーズを挿入している。なお、この曲が発売された時点では彼女の休業はまだ発表されていなかった。
学歴:堀越高等学校(中等部から堀越)卒業。
[編集] 音楽
シングルは1986年から88年までに8枚発売され、オリコンチャートでは内4枚が連続でベスト10入りした。最高位は「乙女日和」「春が来た」の週間売上9位。また、アルバムはオリジナル3枚、ベスト盤が2枚発売されている。
[編集] シングル
- 21世紀まで愛して(1986年3月21日)
- 地上に降りた天使(1986年7月1日)
- 作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:大谷和夫
- 乙女日和(1986年9月25日)
- 作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:武部聡志
- 春が来た(1987年1月1日)
- ポキチ・ペキチ・パキチ(1987年4月8日)
- 作詞:松本一起 作曲:佐藤健 編曲:戸塚修
- バカンスの嵐(1987年7月16日)
- 作詞:尾関昌也 作曲:井上ヨシマサ 編曲:戸塚修
- メビウス天国(1987年10月21日)
- 作詞:尾関昌也 作曲:国安わたる 編曲:入江純
- 春休み(1988年3月2日)
- 作詞:サエキけんぞう 作曲:平井夏美 編曲:川上了
[編集] アルバム
- なかよし(1986年8月21日)
- ほがらか(1987年2月5日)
- あしたの黄色をつかみたい(1987年8月21日)
- PICNIC(1987年12月16日) - ベスト+未発表2曲
- コレクション(2004年2月21日) - ベスト、全シングルAB面+アルバム選抜2曲
[編集] 参加作品
- ぴーひょろ一家(1987年11月21日) - 姫木薫理原作コミックのイメージアルバム、ボーカル1曲2バージョン収録(1バージョンはPICNICに収録)
[編集] 映像ソフト
- きまぐれ天使(1987年3月5日)
[編集] 出版
- 水谷麻里写真集 思いがけないことしたら…(1987年4月19日発行、リイド社)
[編集] 出演
[編集] ラジオ
[編集] ドラマ
- ボクの初体験(1986年7月14日、フジテレビ系月曜ドラマランド)
[編集] 映画
- 子象物語 地上に降りた天使(1986年7月26日、東宝系公開)