牧野成春
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牧野 成春(まきの なりはる)は、下総関宿藩の第2代藩主。のちに三河吉田藩の初代藩主。
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時代 | 江戸時代前期から中期 | |||
生誕 | 天和2年10月23日(1682年11月22日) | |||
死没 | 宝永4年3月26日(1707年4月28日) | |||
別名 | 秀寿丸(幼名) | |||
戒名 | 本源恵覚心了院 | |||
墓所 | 東京都江東区深川の要津寺 | |||
官位 | 従五位下、備前守 | |||
藩 | 下総関宿藩主→三河吉田藩主 | |||
氏族 | 牧野氏 | |||
父母 | 父:大戸吉房、母:大戸吉勝の娘 養父:牧野成貞 |
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妻 | 正室:松平清照の娘 | |||
子 | 牧野成央、牧野成福、長三郎、大蔵 |
天和2年(1682年)10月23日、牧野氏家臣の大戸吉房の子として江戸で生まれ、下総関宿藩の初代藩主・牧野成貞の養子となる。元禄8年(1695年)11月29日、父が隠居したため、家督を継いで関宿藩の第2代藩主となる。宝永2年(1705年)に7,000石加増の8万石で三河吉田藩に加増移封された。
しかし病弱で、1度も城主として在城することもなく、宝永4年(1707年)3月26日に死去。享年26。後を子の牧野成央が継いだ。
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