真部豊
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真部 豊(まなべ ゆたか、1968年6月6日 - )は、元ボクシング日本ジュニアフェザー級チャンピオン、東京都足立区出身。史上最強の証券マンと呼ばれた。31戦23勝(15KO)7敗1分。
[編集] 略歴
- 証券会社に勤務し、運動不足解消に当時開業して間もない宮田ジムの門を叩く。当初はプロになる気は無かったが、通ううちに面白さに目覚めたという。
- 長身のサウスポーで試合運びに定評があった。試合の録画放送があった際には、解説者から「真部君はクレバーで負けず嫌いですからね~」と称されていた。世界戦を望んでいたが実現される事は無かった。
- 1990年5月15日にデビューし5連勝で、12月21日東日本バンタム級新人王を争うも5RKOで敗れる。
- 1996年1月6日、日本ジュニアフェザー級王者新井泰に挑むが10R引分に持ち込まれ、戴冠ならず。
- 同年11月10日、7月13日に新井泰を10R判定で破り王者になったばかりの福島恭四郎と、同タイトルを争うも10R判定で又も戴冠ならず。
- 1997年12月13日、1戦勝利後3度防衛中の福島恭四郎と再度同タイトルを争い10RTKOで遂にタイトル奪取。その2日後に子どもが生まれ2重の喜びとなった。その後ボクシングに専念する為、証券会社は退職している。
- 2000年2月14日、鳥海純・北島桃太郎らを退け4度防衛の後の5度目の防衛戦を福島学と行い、10R判定で敗れる。当初は再戦を希望したがそのまま引退。
- 引退後はインターネット関連の企業の営業になったが、2002年5月25日亀有にマナベジムを設立し、会長として後進の指導にあたっている。
[編集] 関連記事
前王者 福島恭四郎 |
第24代日本Sバンタム級王者 1997年12月13日 - 2000年2月14日 |
次王者 福島学 |