秋田美人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
秋田美人(あきたびじん)とは、秋田県出身の美女を指す。京美人、博多美人と並び、日本三大美人といわれる。
一般に秋田県には美人が多いとされる。絶世の美女とたたえられる小野小町は湯沢市小野出生と伝えられており、秋田県ゆかりのものの多くに「こまち」の名が付けられている(史料上は出生地は不明である)。
その背景を探ろうとした秋田県湯沢市の医師杉本元祐の調査によると、皮膚色調の白色度が、日本人平均が約22%なのに対し、秋田県では約30%であり、西欧白色人種の約40%に近かったという。なお秋田県は古くから対馬暖流やリマン寒流の影響を受けやすいために冬季には雪がかなり多く降り積もり、水も豊富で良質なため肌にいい酒が出来るという(前述のとおり秋田県は世界有数の豪雪地帯としても知られる)。また厳しい冬の寒さをこらえるために無口になり、おしとやかになったとも言われている。日照時間の少なさや春季から秋季にかけてのおだやかな気候の影響もあろう。また、秋田は過去から大陸の貿易を行っていた為、白人の系統の血が秋田の地に流れ込み、「秋田美人」の発祥に繋がったという説もある。
茨城県で自虐ネタとして伝わる俗説では、関ヶ原の戦いで秋田に転封となった佐竹氏が、腹いせに領内の美人を全員秋田に連れて行ったという。その後、水戸に入府した徳川頼房が佐竹氏に抗議したところ、秋田領内の美しくない女性を全員水戸に送りつけたという。その為、秋田の女性は美人で、水戸の女性はそうでない人ばかりだという。ちなみに秋田県では、連れて来たのは美人では無くハタハタとなっている話が伝わっている。