稲垣重房
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
稲垣 重房(いながき しげふさ、寛文10年(1670年) - 享保5年3月4日(1720年4月11日))は、近江山上藩の第2代藩主。初代藩主・稲垣重定の子。正室は大久保忠高の娘。官位は従五位下。長門守。
通称は主水。寛文7年(1667年)生まれとも言われている。宝永4年(1707年)に父が死去したため、翌年閏正月5日に後を継いだ。正徳元年(1711年)5月1日、大番頭となる。享保5年(1720年)3月4日に死去し、後を子の稲垣定享が継いだ。法号:芳厳院歓宗良喜大居士。墓所:群馬県伊勢崎市の天増寺。
|
|
|