立川フラ談次
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立川フラ談次(たてかわ ふらだんじ、1972年8月18日 - )は落語家。本名、鎌田 圭介(かまた けいすけ)。神奈川県横浜市出身。落語立川流所属、立川左談次門下。
1999年7月、2代目快楽亭ブラック門下入門、前座名快楽亭ブラ談次を名乗る。 2005年8月、快楽亭ブラックの落語立川流からの除名に伴い、立川左談次門下に移り、立川フラ談次に改名。
最初の高座名であるブラ談次は二人目の師匠である立川左談次に由来する。左談次の熱烈なファンで、落語家として入門する際も幾度と無く弟子入りを左談次に頼み込むが、弟子を一切取らない方針であった左談次は頑なに拒否、偶然居合わせた快楽亭ブラックに押し付けようとする。ブラックは既に快楽亭ブラ房を弟子としていたこともあり快諾、ブラックと左談次の高座名を合せ、快楽亭ブラ談次を名乗ることになる。他のブラックの弟子はブラ房、ブラ汁、ブラッC(ぶらっしー)、小ブラと語呂合わせで命名されており、この高座名はブラック門下では特殊と言える。
前座でありながら積極的に勉強会を開催し、特にストライプハウスギャラリーにて隔月開催している勉強会はその会場の特殊性で際立っている。 また、2005年6月に東洋館で開催した勉強会ではブラック、左談次と、元ナンセンストリオの前田隣をゲストに迎え、前座としては記録的な240名動員を達成する。
浅草に在住する数少ない落語家の一人である。その為時折テレビ番組や雑誌などに取り上げられることもある。