結晶場理論
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結晶場理論(けっしょうばりろん)とは、配位子の持つ負電荷が作る静電場によって金属イオンのd軌道のエネルギー準位の分裂を説明する理論。
単独の金属イオンにおいては5つのd軌道は縮退しているのに対し、金属錯体においてはこれらの軌道の縮退が解けて、d軌道間での電子遷移(d-d遷移)による吸収スペクトルが観測できる。この縮退が解ける原因を配位子の持つ負電荷が作る静電場に求めるのが結晶場理論である。
結晶中においてあるイオンの位置に他のイオンが作る静電場の総和を結晶場という。そこで、これを金属錯体にも適用し、配位子の負電荷が中心金属イオンの位置に作る静電場の総和を同様に結晶場と呼ぶ。
例えば正八面体型の6配位の金属錯体について考える。座標の原点に金属イオンを配置し、x軸、y軸、z軸上に6個の配位子を正八面体型に配置する。これらの配位子の負電荷が作る結晶場を計算すると各軸上で大きくなる。そのため、d軌道のうち軸上に電子密度が大きくなる部分を持つdz2および、dx2-y2の2つの軌道は結晶場の影響を他の3つの軌道(dxy、dyz、dzx)より大きく受ける。すなわち、これら2つのd軌道に電子が入ると配位子の負電荷と反発するので、他の3つの軌道に入る場合よりもエネルギーが高いことになる。このようにして正八面体型の6配位の金属錯体ではエネルギーの高い2つのd軌道とエネルギーの低い3つのd軌道に分裂する。
結晶場理論はd軌道の分裂の様式を正しく説明することができるが、その分裂の大きさについては説明できない。結晶場理論からは同じ価数の陰イオンであれば、同じ分裂の大きさになるという結論になるが実際には分裂の大きさは同じ価数であっても配位子の種類に依存し、I - < Br - < Cl - < F - のようになることが知られている(分光化学序列)。また、一酸化炭素を配位子とする錯体でd軌道分裂が大きくなることも説明できない。分裂の大きさを正しく計算するには分子軌道を考慮した配位子場理論によることが必要である。