触手
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
触手(しょくしゅ 英・tentacle)というのは、主に無脊椎動物の、頭から伸びる柔らかい突出部分をさす。
目次 |
[編集] 一般的性質
触手というのは、動物の頭や口の周辺から生える突起物を指す言葉である。ただし、細くて固く、動かないものは髭と呼び、動かず、太くて固いものは角と呼ばれる。触手と呼ばれるのは、それが柔らかくて、ある程度以上太く、動かすことができて、ものを探り、それをつかんで引き寄せることができるようなもの、あるいはえさを取るのに使うものを指すことが多い。つまり、触(触れる)手(のようなもの)という意味である。
このような意味からすれば、ナマズの髭は触手と呼んでもいいが、実際には触手ということはない。恐らく、触手は手の代わりであるという意味合いがあって、脊椎動物には元から手が(あるいはそれにあたるものが)あるので、この言葉が適用されにくいのであろう。脊椎動物の器官で触手の名を適用されるのはアシナシイモリにあるものくらいである。
そういう意味で、比較的無脊椎動物に対して使われることが多い。なお、英語のtentacleは食虫植物の粘毛に対しても使用されるが、日本語ではそのような使われ方はしない。
上記のように、触手というのは、対象が比較的あいまいであり、用途に基づく名前であるので、そう呼ばれるものは分類群によってその性質も働きも大いに異なっている。以下に代表的な例を記す。
[編集] 軟体動物の場合
頭足類のタコやイカの腕と言われるものは、触手の代表的な例である。ただし、学術書でも、触手と呼ばず、腕と呼ぶ場合もある。口の周辺に円形に八本の触手が並ぶ。それぞれの裏面には吸盤や鉤が備わり、獲物を保持するのに適している。イカには、他に二本の触手様の器官があり、さらに長く伸ばすことができる。これは普通、触手と言わず、触腕(しょくわん)という。なお、オウムガイでは触手は数十本ある。
これらの触手は筋肉に富み、巻き付いたり引っ張ったりすることができる。また、雄の触手の一本は雌の体内に精包を受け渡すために特殊な形となる。種によっては雌の体内にその触手を切り離して残すので、雌を解剖してそれを見つけた研究者が寄生虫と判断し、記載したことがある。
それほど発達しないが、運動と摂食に用いる触手にはナマコの口回りのものがある。
[編集] 刺胞動物の場合
刺胞動物は、その名の由来である刺胞を触手に持ち、それを使って小動物に毒を注入し、餌とする。刺胞動物の体の形は、大きく分けて二つあり、一つは定着性のポリプで、イソギンチャクなどがこれに当たる。もう一つは浮遊性のクラゲである。 どちらの場合も、触手は口の回りに円形に配置する。ポリプの場合、体は円筒形で、口は上を向き、触手は中央に口が位置する円盤の周辺に並ぶ。クラゲの場合、体の形は傘状で、傘の柄に当たる部分に口がある。触手は傘の縁に当たる部分に並んでいる。小動物に触手が触れると、刺胞によって毒を注入し、動かなくなった小動物を、ゆっくりと触手を曲げて口に運び、飲み込む。
刺胞動物は、体の構造に基本的な対称軸があり、クラゲ類は4、ポリプの場合、6か8である。消化管のひだや、生殖巣などがその数に合わせた形で存在し、触手の数もそれに連動している。
[編集] 環形動物の場合
多毛類のゴカイ類の頭部には、前方に向けて1対、横方向に数対の触手がある。触角的な意味が大きいので感触手ともいう。この触手がよく発達して、長く伸び、微粒子などの餌を集めるようになったものもある。また、カンザシゴカイやケヤリムシなど、固着性のものでは、触手がよく発達して花のように広がり、水中の微粒子をこし取って食べるようになっている。
[編集] 有鬚動物の場合
ヒゲムシとハオリムシという、2つのグループを含む。いずれも細い管のような巣に潜み、虫体は非常に細長い。頭に1~多数の触手を持ち、摂食消化吸収をすべてそこで行なう。消化管はない。
[編集] 触手動物
かつて触手動物門という門が認められていたことがある。ホウキムシ、腕足類、コケムシを含む群で、現在では、この3つはそれぞれ独立した群(ホウキムシ門、 腕足動物門、外肛動物門)と見なすことが多い。これらの動物では、口の周辺に円形又はU字型に触手が配列する。触手は細長い棒状で、曲げて動かすことは少なく、表面には繊毛が並んでいて、水中の微粒子などを口に運ぶ。同様な仕組みは内肛動物にも見られる。このような構造は、現在では、むしろ触手の配列全体をまとめて触手冠(しょくしゅかん)と呼ぶことが多い。
[編集] 一般的印象としての触手
西洋では触手に対して嫌悪感、恐怖感を感じるのが一般的であるらしい。脊椎動物的ではない形や動きからくる嫌悪や、伝承に基づくもののようである。しかし、日本ではそのような感覚は薄いように思われる。魚介類を多く食品として扱い、タコやイカを普通に食べることからくるのかもしれない。西洋ではタコは悪魔の魚であるが、日本ではタコの八っちゃんである。したがって、触手から受ける印象は、それほど恐ろしいものではない。しかし、ぐねぐねとした動きや、粘液に包まれた肌は、生々しく、不気味であり、触れるのをいやがる人も多い。その一方で、同じ印象がエロチックな妄想をも喚起する向きもあり、タコが裸女にからむ図は葛飾北斎の絵にも見られる。現在では、アダルトアニメやアダルトゲームなどに「触手もの」という1つのジャンルがある(→詳細は触手責めを参照)。
他方、SFの世界では、異生物や宇宙人として触手を持つものがよく登場する。最も初期のSFのひとつである、ウェルズの『宇宙戦争』に登場するのがタコ型の宇宙人であったのは、象徴的であったとも言えるし、後の宇宙人像に大きな影響を持った点もあろう。なお、同じく侵略テーマのSFであるジョン・ウィンダムの『海竜目覚める』には刺胞動物的触手が出て来る。
ただし、タコのような触手を持つ宇宙人がどのような文明を築けるかについては、若干の議論がある。我々の用いる道具や機械は、関節を持つ内骨格を外から筋肉で曲げる動きの元で使えるものであり、触手のような構造の腕では使えないものが多いはずだからである。タコはなかなか頭がよく、さまざまな迷路や仕掛けに対応することができる。たとえば箱に好物のカニを入れ、蓋をして水槽にいれると、うまくこれを開けてカニを食べる。ところが、蓋を閉めるのにレバーで止める形式にした場合、どうしてもこれを開けることができなかったと言う。