金沢名鉄丸越百貨店
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金沢名鉄丸越百貨店(かなざわめいてつまるこしひゃっかてん)は、石川県金沢市で「めいてつエムザ」を運営する、名古屋鉄道系列の百貨店である。
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[編集] 概要
かつては「金沢名鉄丸越百貨店」(通称:名鉄丸越)という名前で運営していたが、2002年の改装とともに「めいてつエムザ」と改称した。ただし、正式な会社名は「株式会社金沢名鉄丸越百貨店」のままである。
店舗は、金沢市で香林坊に次ぐ商店街である武蔵ヶ辻にあり、この地域の核店舗となっている。生鮮食料品を主体とした小売市場、近江町市場の対面に位置する。また、高層階には、同じく名古屋鉄道グループの金沢スカイホテルが営業している。
2006年2月期決算では、リファーレ館撤退などによる不採算部門の整理の完了と、Meiカードの浸透による集客力の向上で、前期比増収増益を達成、売上高204億円、経常利益9929万円を確保するなど、収益力の回復が見られた。
ただし、前期より減少したものの依然として未処理損失13億円を抱えており、資本金10億円に対して、保有する土地を2001年2月期に再評価した土地再評価差額金30億円を加えることで、債務超過を防いでいる。このため、2006年2月期決算に対する監査法人の監査報告書では、2001年からの地価の下落を理由として、継続企業の前提に関する重要な疑義があることが追記されている。今後の減損会計導入に対しては、親会社の名古屋鉄道から、資金援助を含めた全面的支援を仰ぐことが表明されている。
[編集] 沿革
- 1944年 - 太平洋戦争中のこの年、大和武蔵店を譲り受け、軍需工場・大和航器として創業。創業地は金沢市尾張町2丁目1-10であり、閉店したダイエー金沢店の位置に当たる。なお、当時の武蔵ヶ辻交差点(現・むさし交差点)は、彦三方向への道路が開通しておらず三叉路であった。また、大和武蔵店は元々は三越の金沢店で三越撤退後に「(旧)丸越百貨店」として営業していたが戦時中大和と合併したもの。
- 1950年 - 同地で衣料品の販売を開始。
- 1953年 - 丸越に改称して、百貨店としての営業形態となる。
- 1962年 - 名古屋鉄道、名鉄百貨店と資本提携。
- 1973年 - 市街地再開発事業で建設された武蔵が辻交差点対面のスカイビルに移転。金沢名鉄丸越百貨店に商号変更して、現在の店舗での営業を開始する。
- 1996年 - 金沢市本町の市街地再開発ビル「リファーレ」に子会社名鉄五番街を通じてリファーレ館を開設し、サテライト店舗を展開。
- 2002年 - 「スカイビル」内で隣接していた専門店街「スカイプラザ」などを一体化する大規模改装とともに、店舗名称を「めいてつエムザ」に変更。
- 2004年 - リファーレ館事業から完全撤退。
- 2005年 - 子会社名鉄五番街を清算。
[編集] 株主
名古屋鉄道の連結子会社であり、単独で議決権の3分の2超を有している。なお、名鉄百貨店は名古屋鉄道の連結子会社であるが、金沢名鉄丸越百貨店の大株主としては登場しない。
大株主上位5名と発行済株式のうちの所有割合(2006年2月末現在)