青い目の人形
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青い目の人形(あおいめのにんぎょう、英:Blue-eyed Dolls)とは、昭和初期から第二次世界大戦前にかけて、米国から日本に贈られた人形である。
日米間の政治的緊張が高まっていた1927年(昭和2年)に、文化的にその緊張を和らげようと、米国人宣教師S.L.ギューリック博士の提唱によって、米国から日本の子供に約13,000体の青い目の人形が贈られた。そして、その返礼として、渋沢栄一を中心に答礼人形と呼ばれる市松人形58体が日本から米国に贈られた。
日本に贈られた青い目の人形は、戦時中には敵国の人形としてその多くが処分された。現存する人形は約300体にすぎないが、日米親善と平和を語る資料として保存されている。