魚つき林
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昔から、漁業者の間には、海岸近くの森が魚を寄せると言う伝承があり、そのため海岸林や離れ小島の森を守って来た歴史がある。そのような森を魚つき林という。
現在、そのような名目で魚つき保安林という名のもとに保護を受けている区域もある。
古来、漁業を営む地域では、海岸の森林を守る習慣があり、岬の岩場に成立する海岸性の森林や、湾内の離島の森林に神社を設け、立ち入りを制限するなど、一定の保護を行って来た場所がたくさんあった。これは、森の木影には魚が集まる、とか、森によって風当たりが弱まる、など、いくつかの理由のもとに、この森があるから魚が集まるのだと言うことを認知していたものである。また、漁村において、わざわざ裸地になっている海岸近くの山に植林して来た例もあるらしい。本州南部ではヤマモモなどを使った例が知られる。それらの森の事を魚つき林といった。そのような形で残って来た森林を法的に保護するための名称が”魚つき保安林”であった。
では、実際にそのような効果があるのかと言えば、科学的に明確な根拠、あるいは具体的な因果関係と言う点では、明確なものはない。しかし、恐らく過去に森を荒らして魚が減ったと言うような事があったためでなければ、このような伝承も残らないはずである。おそらく、いろいろな経験から、古人は森と海のつながりを知っていたものと思われる。
ところが、最近はこのようなことが認知されやすくなっている。 近年、”磯焼け”、つまり海岸の岩礁に海藻が生えなくなる現象が見られるようになり、これが実は山奥の森林の荒廃が進むにつれ、海へ流れ込む成分が変化したためではないかと言われるようになった。これに基づいて、川の源流を守る事が漁業を守る事につながるとの認識で、独自に植林事業にのりだす漁業組合が出現するまでになった。
このように、海の生態系と陸の生態系とのつながりを示す現象も次第に明らかになり、根拠も次第に集まりつつある。この両者の間で物質の移動が予想以上に大きな役割を持っている事が分かりつつある。今後はより広く森林保護が人間の生活を守る事につながるとの理解が進む事と期待される。
そのような意味で、魚つき林という言葉は、海と森林とのつながりの深さを表している。
森の生態系では、樹木や草木は、消費者の餌となる他、葉を落とし、また自身が枯れて分解者を通じて養分となり、ふたたび生産者のもとへ戻ってゆくが、その養分の一部は川を下って海に至り、海において海草・海藻の栄養分となる。海では陸に比べて無機塩類などの供給が制限され、陸上からの流入は貴重な存在である。海草・海藻は魚に食べられて植物性蛋白質となる。
海の生態系では光合成と無機塩類を材料に海藻や植物プランクトンが生産者として活動し、それを小魚が食べるといった食物連鎖へ続くほか、食物残些や海藻の粘膜、その他微小な有機物塊はバクテリアなどがそれについて分解する過程で重要な栄養分となる。これも食物連鎖へと続く入り口である。そうして育った魚の一部は、地上のほ乳類や鳥の餌となり、陸上の生態系へと運ばれる。動物の糞や死骸は土に返って森の栄養となる。この時、海から持ち込まれる成分は、やはり陸の生態系では貴重なものとして、大きな意味をもちうるらしい。こうして、海の生態系と陸の生態系はつながっているわけである。
これが森と海の間で行われる物質循環のあり方の一部である。
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[編集] 文献
- 柳沼武彦 『森は全て魚つき林』 ISBN 4894740079