きゃいのう
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きゃいのうは、落語の演目の一つ。初代柳家三語楼の作と伝えられるが、原作は江戸時代の小噺「武助馬」で、新作と言うよりは古典の改作ととらえられる。初代柳家金語楼が得意とし、晩年もしばしば高座にかけていた。 大部屋俳優の哀感をさりげなく描写した小品である。
[編集] 歌舞伎の階級
歌舞伎の階級にはいろいろ有り、ただ聞いただけではそれが階級を表す言葉だと分からないものも多い。芝居の階級を下から並べると以下のようになる。
階級 | 通称 |
---|---|
新相中(しんあいちゅう) | 人足[台詞もなく、舞台を行ったり来たりするだけだから] 稲荷町[やらされるのが動物ばかり] |
相中 | 大部屋[部屋割りが大部屋だったから] 三階[大部屋が三階(正確に言うと中二階)にある] |
相中上分(あいちゅうかみぶん) | 同上 |
名題下(なだいした) | 特になし |
名題(なだい) | 座頭[一座のボス的存在をこういう] |
- ちなみに、『大部屋』から名代にまでなったのは初代の中村仲蔵などごく少数であり、大抵はうだつの上がらないまま終わった。
[編集] あらすじ
名優・市川団十郎の弟子で團五兵衛と言う役者。持ち前の根性で熱心に舞台を務め続け、念願の人の役を手に入れた。
ところが、いざ出演する段になって床山へ行くと鬘がない。床山の親方に抗議すると、『初日に挨拶に来なかったろ? お陰で鬘の数が分からなかったんだ。お前が悪い!!』と怒られてしまった。
「せっかくの出演なのに・・・」と泣き出す團五兵衛。気になった親方が事情を聞くと、團五兵衛は泣きながらこう語った。
「自分は、芝居好きが高じて家を飛び出して役者になりました。お陰で勘当されましたが、最初に役が当たったときに実家に手紙を書くと両親は喜んで見に来てくれました。ところが、終幕後両親に会ったら『どこに出たの?』と訊かれてしまったんです」
何の役をやったかと訊くと、それが何と《仮名手本忠臣蔵・五段目山崎街道》の猪の役。それじゃあ分かる訳がない。しばらくたち、また役が回ってきたんで知らせるがまた『どこに出たの?』と訊かれてしまった。やった役が『熊谷次郎直実の馬』だったのだ。
「そんな私にもやっと人間の役が回ってきたんです。うれしくなって、実家に手紙を書きました。【やっと二本の足で歩けます】」
それじゃ赤ん坊だよ・・・と呆れながらも、團五兵衛のひたむきさに心を打たれた親方は鬘を準備する事を約束。あれこれ探すが、余っていたのは以前余興で力士が芝居をやったときに使った鬘だけだった。
已む無く落花生の殻を新聞紙でくるみ、それを詰め物として鬘に押し込んでやっと準備を整えた。頭を下げる團五兵衛に対し、親方が『台詞があるのか?』と訊いてくる。
「ありますよ。一言、『きゃいのう。』だけですが・・・」
ぽかんとする親方に、團五兵衛は
「幕が開くと、腰元が三人掃除をしています。そこに乞食がやって来て、それを見つけた腰元が台詞を言うんです。一人目が『むさくるしいわい』、二人目が『とっとと外へ行』、そして私が『きゃいのう。』」
所謂《割り台詞》と言う奴だ。緊張する團五兵衛を励まし、何とか舞台に送り出した。
一息ついた親方に弟子がおずおずと声をかける。
「さっき、親方の吸ったタバコの吸殻が、落花生の殻の中にポト・・・」
びっくり仰天した親方。慌てて様子を聞くと、團五兵衛の襟元から煙が漏れ出しているんだとか。『消防車と救急車を呼べ!!』と楽屋裏が大騒ぎになる中、舞台ではいよいよ團五兵衛の芝居が始まった。
一人目の腰元が「むさくるしいわい」、二人目が「とっとと外へ行」、そして團五兵衛の番・・・だが、緊張してなかなか台詞が出てこない。しかもよく見ると、頭からモウモウと煙が立ち上っている。いぶかしがる仲間だが、抓れば思い出すだろうと「とっとと外へ行」と言ったところで團五兵衛のお尻をギュ!!
「ウヒャヒャヒャヒャ、ウーン・・・熱いのう」