アバルト
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[編集] 概要
アバルト (ABARTH)(abarth) は、1950~1970年代に主としてフィアットの自動車をベースに独自のチューニングパーツを組み込み、レースへの参加及び部品・自動車販売をしていたイタリアトリノ市の自動車メーカーである。
1908年オーストリアウィーン出身のカルロ・アバルト (Carlo Abarth) がイタリアに移住後、チシタリアの技術/モータースポーツ責任者を経て1949年に会社 (Abarth & C.) を興し自動車マフラー等のパーツを販売。それらの資金を元に主としてフィアットの小排気量車をベースにしたエンジン・チューンやレース車の製作を行った。
カルロ・アバルトの誕生月の星座であるサソリのエンブレムを装着した車は、アバルトマジックと呼ばれる限界のチューンを施され、小さいが猛毒を持つサソリの如く、ヨーロッパの数多くのレースで大排気量車に負けない活躍を見せ、ジャイアントキラーの異名を貰い伝説と化した。また、国際記録・世界記録にも挑戦し数多くの記録を残した。
Abarth & C.の代表的車種
フィアット・600ベースシリーズ
- 750ベルリーナ
- 850TCベルリーナ,850TCコルサ,850TCR
- 1000ベルリーナ,1000ベルリーナコルサ,1000TCベルリーナコルサ,1000TCR
- 750GTザガートクーペ
- 700/750/800/850ビアルベーロレコルトモンツァ
- モノミッレ
- 1000GTビアルベーロ
フィアット 500ベースシリーズ
- 500ベルリーナ
- 595ベルリーナ,595SS,595SSアセットコルサ
- 695ベルリーナ,695SS,695SSアセットコルサ
フィアット 850ベースシリーズ
- OT850,OT1000,OT1300,OT1600,OT2000
シムカべースシリーズ
- 1300GT,1600GT,2000GT
ポルシェ356
- ポルシェアバルトカレラGTL
オリジナル
- 1000SP/1300SP/1600SP/2000SP/3000SP
- 2000スポーツスパイダー
- ベルトーネレコード500/750/800
- ピニンファリーナレコード500/750/1000/1100
1971年、Abarth & C.はフィアットに買収され、そのモーター・スポーツ部門を受け持ち、世界ラリー選手権WRC向けに124ラリー、131ラリーの開発を行なう。
1981年、会社としてのAbarth & C.の活動は停止したが、フィアット内のレーシング部門としてのアバルトの活動が続く。フィアットの世界ラリー選手権WRC出場が同社の傘下になったランチアに移行した後037ラリー、デルタS4を開発してその手腕を発揮し、やがてグループB以降後のWRC6連覇の偉業を達成した一連のランチア・デルタシリーズもアバルトが成し遂げた仕事である。
1997年、アバルトはフィアットのモータースポーツ部門、フィアット・アウト・コルセに吸収され表舞台には現れなくなった。
市販車においては、ラリーカーの市販バージョンのほか、アウトビアンキA112アバルト、フィアット・リトモ・アバルト125TC、フィアット・リトモ・アバルト130TCを手がけ、高度なエンジンチューンによって当時の同クラスの市販車としては卓越した性能を見せた。その後もアバルトを冠した市販車がフィアット・グループから出てはきているものの、ニュー・チンクェチェント・トロフェオ(車名にアバルトの名はないものの)を除いては、ターボを追加したり上位のエンジンを積んだりしたものに、アバルトブランドのエアロパーツやエンブレム・ステッカー等を追加したもので、アバルト本来のエンジン・チューンは施されていない。中には日本でのみアバルトの名を冠したもの(プントアバルト)もあり、ブランド価値を貶めるものとして旧来のアバルト・ファンを嘆かせている。