アビー・ロード・スタジオ
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アビー・ロード・スタジオ (Abbey Road Studios) はイギリスのレコード会社EMIによって1931年11月に開設されたロンドンの録音スタジオ。ビートルズやクリフ・リチャード、ピンク・フロイド、シャドウズなどが録音を行ったスタジオとして有名である。スタジオはウェストミンスターのセントジョンズ・ウッドにあるアビー・ロードに位置する。
1831年にジョージ王朝風建築のタウンハウスとして作られた建物は、1931年にグラモフォン社によって購入され、スタジオに改築された。スタジオ近隣の家々も同社によって所有され、ミュージシャンの宿泊に使用された。グラモフォン社はコロムビア・レコードと合併しEMIとなり、スタジオはその後1970年代にアビー・ロード・スタジオと改名するまで、EMI Recoding Stdiosという名称だった。
アビー・ロードの第二スタジオは1958年にクリフ・リチャードとドリフターズ(後にクリフ・リチャードとシャドウズとなる)が「ムーヴ・イット」(恐らく最初のヨーロピアン・ロックン・ロールのシングル)を録音したときからロックの中心となった。スタジオは「ロックン・ロール」が「ロック」へと変化するのを目撃した。1958年から63年の間にクリフ・リチャードとシャドウズはスタジオを若返らせ、協定を破って徹夜のレコーディング・セッションを行い、新しい録音技術を可能とした。彼らは大きくヘビーなギター・ミュージックにスタジオを開放し、よりポップな音楽を演奏するビートルズがスタジオを容易に使えるようにした。ビートズはクリフ・リチャード同様にこのスタジオから大きな成功を成し遂げた。1960年代初期から中期にかけてビートルズと、クリフ・リチャードとシャドウズはスタジオの共同オーナーのようになり、録音時間に関して親しみを込めて争った。
1969年、ビートルズがスタジオの前の通りに因んで『アビイ・ロード』を発表(アルバムのジャケット写真はスタジオのすぐそばにあるアビー・ロードの横断歩道で撮影された)。それ以後「アビー・ロード・スタジオ」と呼ばれるようになり、後にAbbey Road Stdiosと改名された。
シャドウズはビートルズの『アビイ・ロード』のパロディとして、ジャケット写真を真似た『Live At Abbey Road』を発表した。第二スタジオはまたピンク・フロイド、ホリーズ、マンフレッド・マン、シーカーズ、ジェリー・アンド・ザ・ペースメーカーズ、マーティン・ブライリー他多くのミュージシャンも使用した。
[編集] 映画音楽
アビー・ロード・スタジオは映画音楽の録音を1980年にアンヴィル・ポスト・プロダクションとの契約を結んだときから始めた。ここで録音された映画音楽は、アンヴィル - アビー・ロード・スクリーン・サウンドと呼ばれた。この協力関係は、コルダ・スタジオが取り壊されアンヴィルが新しいスタジオを探す必要が生じたときから始められ、1984年にEMIがソーンと合併しソーンEMIとなったときに終了した。
アンヴィルとの協力関係終了後も、アビー・ロードでの映画音楽ビジネスでの成功は継続した。同スタジオで録音された作品は以下の物を含む。
- 『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』 - Raiders of the Lost Ark (1981)
- 『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』 - Star Wars Episode VI: Return of the Jedi (1983)
- 『レディ・ホーク』 - Ladyhawke (1984)
- 「未来世紀ブラジル」 (1985)
- 『眺めのいい部屋』 - A Room with a View (1985)
- 『エイリアン2』 - Aliens (1986)