エヴェレットの多世界解釈
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エヴェレットの多世界解釈(エヴェレットのたせかいかいしゃく)もしくは単に多世界解釈 (たせかいかいしゃく、many-worlds interpretation) とは、量子力学の解釈問題における解釈のひとつである。
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[編集] 概要
今日の量子力学の主流であるコペンハーゲン解釈では、波動関数の収縮という現象を想定している。コペンハーゲン解釈は、その例外が生じることの合理性の説明を一切提供していない。一般に、例外を含む理論は不完全と見なされる場合が多く、例外のない記述をした理論の方が優れていると考えられる場合が多い。
具体的に言えば、通常の波動関数の時間発展はユニタリ変換であるのに対して、波動関数の収縮はユニタリ変換ではない。もっと、細かく条件を限定して言えば、波動関数の写像は単射であるが、収縮の写像は単射ではない。そこで、写像が単射となる条件を満たすように定式化した物がエヴェレットの定式化である。この定式化によって数式的な例外はなくなり、これは、観測も含めた定式化を行なったと表現することができる。そのような意味で「観測者を含む宇宙全体に対する量子状態を記述した」と表現されることもある。
エヴェレットの定式化の導入によって、コペンハーゲン解釈で波動関数の収縮と見なされる現象は、数学的にユニタリ変換となる。しかし、定式化に対応する実体が伴わないのであれば、単なる形式美を追求したに過ぎず、数式としての必要性はあっても、理論としての必要性には乏しい。そこで、定式化に実体を伴わせるために、多世界が実在すると考えるのが多世界解釈である。
観測問題において、コペンハーゲン解釈の波動関数の収縮は、多世界解釈では干渉性の喪失に置き換えられる。しかし、ただ現象を置き換えただけなので、何時、何が干渉性の喪失を引き起こすかは説明出来ず、シュレーディンガーの猫等の問題の解決手段とはならない。また、多世界解釈は、意識が量子の状態を決めるとする説や量子デコヒーレンス理論のような観測問題の解決手段に対して、何ら矛盾が生じる物ではない。よって、観測問題の解決手段とは全く別の視点での解釈と言える。
多世界解釈は決定論であると主張する者もいる。しかし、決定論であるためには、干渉性の消失が生じる前に、その結果が既に決定している必要がある。つまり、どの状態が自世界となるのかや、その過程が決定論的に記述出来なければならない。そのためには、自世界と多世界の区別を示す変数と、世界の干渉の度合いを示す時間関数が必要となる。
[編集] 詳細
有名なシュレーディンガーの猫について一般的な解釈(コペンハーゲン解釈)とエヴェレットの多世界解釈の両方を示す。
- 一般的な解釈
- シュレーディンガーの猫は観測者が観測するまで(観測者にとって)、”生きている猫”と”死んでいる猫”の重ね合わせの状態にある。観測者が観測する過程で(観測者にとって)、猫の状態はどちらか一方に定まる。これがいわゆる波動関数の収束である。
- 多世界解釈
- シュレーディンガーの猫のいる世界は、”猫が生きている世界”と”猫が死んでいる世界”に分かれる。当然、”猫が生きている世界”にいった観測者は猫が生きていると観測し、”猫が死んでいる世界”にいった観測者は猫が死んでいると観測する。もちろん、観測者は、猫を観測するまで自分がどちらの世界にいたのか知ることは出来ない。
詳しく言えば、世界は量子論的最小時間(プランク時間と考えられる)毎に、前の状態から可能である非常に多数の世界の全てに分かれる。シュレーディンガーの猫の例では、世界は非常に多数の世界に分かれており、その一部は”猫が生きている世界”であり、また別の一部は”猫が死んでいる世界”であると言うのが正確である。
そして、”猫が生きている世界”と”猫が死んでいる世界”の数の比率は通常の量子力学で予測される猫の生死の比率と同じになる。つまり、ほとんどの事象については、一般的な解釈と多世界解釈で予測される結果に差はでない。
さらに、解釈の違いにより結果が変わることは原理的にありえないため、どちらが正しいのかは議論するようなものではないとも考えられている。しかし、特殊な実験や宇宙論的な視点などから、どちらが正しいか決められる可能性があるとする考え方も一部にはある。
また、この説明が示すような、観測が起きたらイベントが分岐し、2つの世界が現れおのおのの道を進むというようなことはあり得ず、そのような場合無限個の世界が現れてしまうとし、常識から考えても無限個の世界が現れるなど起きようがない、とする説も存在する。この説(というか元々の多世界解釈)はコペンハーゲン解釈から「収束」を抜き、観測者にも量子力学を適用した物で、例えばシュレディンガー猫は、「死んでいる猫と生きている猫の重ね合わせ状態」が箱を開けたとき(観測者と猫が相互作用したとき)「死んでいる猫を見ている人間と生きている猫を見ている人間の重ねあわせ状態」に拡大すると考える。つまり「可能性の重ね合わせ」は収束によって消えてしまったわけでも、「他の世界」へ分離していった訳でもなく、客観的には「今此処」に存在はするが、人間自身がそれぞれの可能性にあわせて分裂してしまうので、「可能性全体」を一つのバージョンの人間が認識することはできないわけだ。(なぜ「複数の可能性」にまたがる意識が存在しないのかは不明だが)言い換えれば「宇宙」とは客観的には可能性(平行世界)の重ね合わせ状態であり「世界が分岐する」のは主観的な話である。例えばシュレディンガー猫を観測している人を一段大きな箱に閉じ込めてしまえば、外部の人の立場からすると、中の人が観測しようがしまいが、相変わらず中の状態は不確定(重ね合わせ)であり、収束も分岐も起きていないことになる。この解釈を取ることの利点には「収束」を仮定しなくてもいいことと、波動関数の適用に「マクロ」と「ミクロ」という曖昧な区分をしなくてもすむと言うことがあり、欠点にはまじめに観測者の波動関数まで計算したところで手間が増えるだけで予言の精度は変わらないし、他の可能性の実在を観測によって証明することはできないなどがある。
[編集] 歴史
多世界解釈のアイディアは、1957年、当時プリンストン大学の大学院生であったヒュー・エヴェレット(Hugh Everett)によって創始されたものであるが、「多世界解釈」(Many-worlds interpretation; MWI)という名前は、エヴェレットの研究についてより多くの記述をしたデウィット(Bryce DeWitt)によってつけられたものである。デウィットの公式は有名になっているが、多くの人がそれをエヴェレット自身の研究と混同している。
[編集] 多世界解釈の登場するSF
- 『タイムライン』(Timeline) マイケル・クライトン
- 『タイム・シップ』(The Time Ship) スティーヴン・バクスター
- 『順列都市』(Permutation City) グレッグ・イーガン。他に『宇宙消失』(Quarantine)、『万物理論』(Distress)も有名。
- 『ホミニッド』(Hominids) ロバート・J・ソウヤー 平行宇宙という名で登場
- 『スタートレック』(Star Trek)
- 全TVシリーズに多世界解釈を扱ったエピソードが散見されるが、
- 『宇宙大作戦』と『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』、『スタートレック:エンタープライズ』に一貫して登場した世界は鏡像世界と呼ばれる。
- 『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』 若干のオリジナリティを含む
- 『Ever17 -the out of infinity-』
- 『Remember11 -the age of infinity-』
- 『ノエイン もうひとりの君へ』
- 『マブラヴ オルタネイティヴ』
- 『ひぐらしのなく頃に』
- 『CROSS†CHANNEL』仮説のひとつとして挙げられる
- 『緑の王 VERDANT LORD』 たかしげ宙、曽我篤士