スゲ属
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スゲ属 | ||||||||||||
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スゲ属(Carex)は、カヤツリグサ科の一つの属である。身近なものも多いが、非常に種類が多く、同定が困難なことでも有名である。
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[編集] 特徴
スゲ属の植物は、どれもほぼ共通の形態的特徴を備えている。
大部分が多年生の草本で、多くは花時をのぞいて茎は短くて立ち上がらず、たいていは細長い根出葉を多数つける。地下茎を横に這わせるものは、広がったまばらな集団になり、そうでないものは、まとまった株立ちになるものが多い。葉の基部は鞘になって茎を抱く。鞘が古くなると細かく裂けて糸状の網目になる場合があり、これを糸網(しもう)という。
多くのものでは花茎は葉の間から長く伸び、その先に小穂をつける。小穂には柄がある場合とない場合があり、いずれにしてもその基部に包があり、包の基部は鞘になるものが多い。小穂は穂状に配列するものが多い。茎の先端に小穂を1つだけ持つものもある。アブラシバなどは、多数の分枝を持つ円錐花序を形成する。この仲間は、スゲ属の中では原始的なものと見なされている。また、少数ながら、花茎が伸びず、葉の根元で開花する種も知られている。
スゲ属の花は雄花と雌花が別になっている。雄花は鱗片一枚に雄しべが包まれているだけのもの。雌花は、雌しべが果包(かほう)という袋に包まれているのが特徴で、その外側に一枚の鱗片がある。
[編集] 小穂
小穂は、軸の回りに花と鱗片が螺旋状に配列したものである。短ければ球形に、長ければ棒状、あるいはひも状になる。花茎には普通は複数の小穂がつくので、その先端のものを頂小穂(ちょうしょうすい)、それより下から横に出るものを側小穂(そくしょうすい)という。
雄花と雌花はそれぞれまとまって着く。それぞれが独立した小穂となるものが多い。一番多いのは雄花からなる雄小穂と雌花からなる雌小穂が別々にあるもので、花茎の先端に一個の雄小穂が、その下方に数個の雌小穂がつく型が普通である。雄小穂を複数持つものもあるが、種類は少ない。
一つの小穂に両方の花が着くものもある。先端に雄花が並び、基部側に雌花が並ぶ場合を雄雌性(ゆうしせい)、逆に基部に雄花が着くものを雌雄性(しゆうせい)という。
その他、例は少ないが雌雄別株のものもある。
このような小穂の配置は重要な分類上の特徴となる。ほかに、小穂の形や、雌花の鱗片、果包や果実の特徴が重視されるので、同定は果実が熟したものでなければできない場合がある。
[編集] 果胞
果胞は壺状の構造で、先端に口が開いている。雌しべはその底に着いていて、果胞の口から柱頭だけを伸ばす。受粉すれば果実は果胞の中で生長し、成熟したときには果胞の基部から離れて散布される。果胞の口の部分が突き出した形になっている場合、それを嘴(くちばし)という。果胞は、その位置からは花被に由来するもののようにも見えるが、一部に果胞の内側から枝が伸びて花序を形成するものがあるので、花序の基部に生じる苞に由来するものと考えられている。
果胞は普通、膜状で果実にほぼ接する形になるが、湿地性のゴウソやミヤマシラスゲでは大きく膨らみ、海岸性のシオクグやコウボウシバではコルク質の分厚いものとなっている。これらは流水や海水による分散への適応かも知れない。
[編集] 生育環境
草原、森林、海岸その他、さまざまな環境に生息する種がある。湿ったところに生育するものが多く、湿地や渓流沿いに集中する傾向がある。
湿原では、スゲ類が優占する草原になることがある。北海道などの湿原では、スゲ類の大株が湿地のあちこちにかたまりを作り、盛り上がって見えるのを谷地坊主(やちぼうず)と呼ぶ。水中に根を張って葉を水面に突き出す抽水性の種もあるが、真に水草的なものはほとんどない。
海岸では、砂浜にはコウボウムギ、塩性湿地にはシオクグなどが密生した群落を形成する。
海外では、中央アジアなど、乾燥した草原でスゲ類の優占する草原がある。
[編集] 利用
カサスゲ、カンスゲなどの大型種の葉は、古くは笠(菅笠)や蓑などに用いられた。特にカサスゲはそのために栽培された。現在でも、注連縄など特殊用途のために栽培されている地域もある。
また、庭園の緑化や山野草として栽培される例もある。カンスゲやタガネソウの斑入りなどは鑑賞価値も高い。果胞が黄色く色づく小型の外国産種が販売されている例もある。
草原を形成する種もあるが、緑化や牧草として積極的に利用される例はない。そのため、同様な姿の草であるイネ科植物にに比べると、帰化植物の種が格段に少ない。ただし、近年、そのような目的で持ち込まれた種子に混じる形での帰化種が若干報告されている。
[編集] 分類
スゲ属は、植物ではもっとも多くの種を含む属としても知られており、世界で2000種とも言われる。ほとんど全世界に分布するが、温帯域が中心である。日本では現在で200を越える種や変種が記録されており、毎年のように新しいものが報告される。これは、この仲間が、種分化をどんどんしている途中であるためと考えられる。他方で、変異の幅が広くて、種の範囲が分かりにくく、まだその実体が十分につかめていないという面もある。今後もさらに見直しが進むものと思われる。日本スゲの会にはアマチュアも含めて全国に会員がおり、活発に活動している。
属を細分する案も様々に提案されている。いくつかの節に分けて扱うのが通例であるが、その扱いは必ずしも確定していない。現在は分子遺伝学的情報などによる見直しも行われている最中である。
以下に、日本産の代表的なものを挙げる。分類体系は、「原色日本植物図鑑3巻」(北村他、1987版)による。
スゲ属 Carex
- マスクサ亜属 Subgen. Vignea
- マスクサ節 Sect. Vignea
- マスクサ(マスクサスゲ)・カワズスゲ・コウボウムギ
- ハクサンスゲ節 Sect. Heleonastes
- ハクサンスゲ・オゼヌマスゲ
- 真正スゲ亜属 Subgen. Carex
- コカンスゲ節 Sect. Decorae
- コカンスゲ・ショウジョウスゲ
- ヒカゲスゲ節 Sect. Digitatae
- シバスゲ節 Sect. Praecoces
- ジュウモンジスゲ節 Sect. Indicae
- アブラシバ・ジュウモンジスゲ
- ナキリスゲ節 Sect. Graciles
- ナキリスゲ・コゴメスゲ
- クロボスゲ節 Sect. Atratae
- イワスゲ・ナルコスゲ・タヌキラン・キンスゲ
- サツマスゲ節 Sect. Occulusae
- サツマスゲ・アカネスゲ
- ヒゴクサ節 Sect. Extensae
- ハリスゲ・マツバスゲ・シラコスゲ・カサスゲ・シラスゲ・ヒゴクサ・ジュズスゲ
- タマツリスゲ節 Sect. Laxiflorae
- ダケスゲ・タマツリスゲ・コジュズスゲ・タガネソウ
- ミガエリスゲ節 Sect.Orthocerates
- ジョロウスゲ・ミガエリスゲ
- シオクグ節 Sect. Paludosae
- オニスゲ・オオカサスゲ・オニナルコスゲ・シオクグ・コウボウシバ
- アゼスゲ節 Sect. Carex
- タニガワスゲ・アゼスゲ・ゴウソ・アゼナルコスゲ・トダスゲ・テキリスゲ
[編集] 参考文献
- 北村四郎・村田源・小山鐵夫『原色日本植物図鑑 草本編(III)・単子葉類(改定49刷)』(1987):保育社
- 勝山輝男,2005,『日本のスゲ』(文一総合出版)(
(新しい植物図鑑では『日本の野生植物 草本III 合弁花類』(1981)平凡社がよく使われているが、スゲ属に関しては種類も網羅されておらず、検索表も不完全である)
[編集] 各種解説
スゲには地下茎を伸ばして点々と茎を立てるスゲと、どんどんと密生して成長してゆくものがあり、 前者にはアオスゲの類からはシバスゲ。ホンモンジスゲの類ではホンモンジスゲ。 ほかビロードスゲ、シラスゲ、アゼスゲ、シオクグ、ヒメシラスゲなどがやや典型的。 ここにあげたうちの幾つかは砂地や泥砂湿地で見られるもので、 環境が根茎を伸ばしやすい物理的条件にあり、また根茎で連結していることで破壊に耐えやすいのかもしれない。 強い地下茎で連絡するものの中でも、ヒナスゲは崖地の生育基盤の不安定さに適応している。
大きな株となる後者(密生派)は、谷地坊主を形成することで知られるものが多く、カサスゲの類、ヤマアゼスゲなどが知られるが、 テキリスゲや多くの湿地特有のスゲ、またはジュズスゲなどそのような性質を持つスゲが多数ある。この場合は「叢生する」と表記され、ほしょほしょっと出てる程度の「株立ちとなり」とは、 区別されてるようだ。 その度合いがボウボウと大きく固まって生えてる場合は「密に叢生し」と表現するようだ。 読みは「ソウセイ」である。
テキリスゲの見られる地域は渓流の増水時には破壊されやすい場所などが多く、 巨大な株となって一時の激流に耐え抜く植物がある一方で、アブラシバのようにランナーを伸ばして適応しているものもある。
寒冷地で見られるハガクレスゲのように基部寄りに穂がつく性質のあるものもあり、 よく混同される高地で見られるニイタカスゲなどは、他に株の外側の茎の基部が弓なりに曲がる性質があるが、よく成長した株ではよくわからないこともある。 ほか似たものにイセアオスゲなどもあるが、必ずしも検索表と目の前にあるものが性質的に一致するわけでないので同定は難しい。 また植物の性質として、同一種内で地下茎や地上のランナーを伸ばしたり伸ばさなかったりすることがある。
身近に見られるスゲの中にマスクサがあり、以前はヤブスゲ、タカネマスクサ、ミノボロスゲ、 アブラシバ、ヤガミスゲ、コウボウムギなどが比較的近いものと見られていたこともあるようだ。
タカネマスクサはヤブスゲやマスクサと同所的に生え、成熟した実穂がよく膨らんでいることより 類似の種類とは見分ける。
ヤガミスゲは増水時に側流となりやすい湿所に見られやすく、類似の帰化植物があるようだ。 同様な環境にはタコノアシなども見られ、また場所によっては近い場所でウマスゲが見られることもある。 これらが見られる場所は環境保全の対象区域となりやすい。
スゲの中でも湿性種はおおざっぱに、 湿原のもの、渓流のもの、河川沿いや谷戸など平地の湿地のもの、海岸の塩湿地のものと分けられる。
渓流ではヒラギシスゲ、ナルコスゲ、サドスゲ、タニガワスゲなどが見られ、 川の中の岩に何かスゲが付いてるならば、それはナルコスゲかタニガワスゲであることが多い。 サドスゲは周辺のスゲとは、花期が終わると穂は茶色く汚いゴミがこびりついたような状態になり、とても見分けやすい。 ヒラギシスゲはナルコスゲやタニガワスゲとは実穂が違うので、見分けやすい。 北海道では湿原で谷地坊主を作るようだ。
タニガワスゲはヤマアゼスゲに似るが、より岩っぽいところについてることも多く、 果の形状などで見分ける。 果胞の嘴が長いので近縁の種とは見分けやすい。 もうひとつ似た種類に、平地の湿所などでも見られるオタルスゲがあるが、 変異も多くヤマアゼスゲには緑色型もあるようなので、識別は難しい。 ナルコスゲはもっとも集落環境で見られるもので、多少の水質悪化には耐える。 激流によく適応しており、基部が腐りやすい特徴を持つが、 同じような特徴は、周辺の水の滴る岩っぽいところでみられるタヌキランに共通。 果胞の嘴が長いのはタニガワスゲと同じだが、穂の色も葉の色も異なる。 ヤマゼスゲのグループは葉の緑が濃い。 これらのものは基部の状態をチェックすることも必要である。
タヌキランは、実穂がない時期はシラスゲっぽい柔らかいスゲで、コタヌキランとはあまり似ていない。
シラスゲには表面が白っぽく葉の幅も広く若干手触りの柔らかいものと、 表面は緑で手触りがやや硬いものがあり、他に相違点はないようだが、この関係はわからない。
ミヤマシラスゲはミヤマとつくがあまり深山では見られないことで知られ、 実は比較的大きく、湿地で大規模に群生することもある。この仲間ではもっとも大型。
ヒカゲシラスゲはシラスゲの中にあって葉の裏が白くならないことで知られ、 それを小さくしたようなものにヒメシラスゲがある。 ヒメシラスゲは渓流の砂質の地にはえている場合は周辺でテキリスゲや大型になるアズマナルコが見られるかもしれない。
アズマナルコは慣習的に(~スゲ)と呼ばない種類で、ナルコユリと紛らわしい。 湿所を好み大型で基部がやや黄金色っぽく色づくことがよい特徴である。 テキリスゲと比べると葉質は柔らかい。 同じような名前のスゲには、平野部の湿地で多く見られるアゼナルコがあるが、アズマナルコのほうが株が大きくなる。
テキリスゲは葉の淵がとてもザラつくことで知られ、同じようにザラつくもので知られるのは カンスゲやヒトモトススキ属のヒトモトススキなど。 似た種類にざらつかないヤマテキリスゲがある。 河川では、ヤマアゼスゲなどと並んで、基盤にしがみつく力が強い。
ゴウソは株元に種子が落下して芽生えることを繰り返し、徐々に谷地坊主のような姿になる。 比較的安定した湿地を好み、流水による地形変動の大きい場所で 強い地下茎により大きな株へと成長してゆくものとは性質が異なる。 変種にホシナシゴウソがあり、また同じような色合いの湿性のスゲには タチスゲやアゼナルコがある。
スゲについては、岡山理科大の星の研究室のページや神奈川県の植物誌の最新版が利用しやすい。 また、特に北方系の海外との共通種の場合は、海外の博物館が標本や図版をwebで公開してることも多い。