トランス脂肪酸
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トランス脂肪酸(トランスしぼうさん)は、構造中にトランス型の二重結合を持つ不飽和脂肪酸。多量に摂取するとLDLコレステロールを増加させ心臓疾患のリスクを高めるといわれ、2003年以降使用を規制する国が増えている。
植物や魚油などから得られる天然の不飽和脂肪酸では、ほとんどすべての二重結合はシス型をとり、折れ曲がった構造をもつ。一方、不飽和脂肪酸から商品価値の高い飽和脂肪酸を製造する為に水素を添加し水素化させると、飽和脂肪酸にならなかった一部の不飽和脂肪酸のシス型結合がトランス型に変化し、直線状の構造を持つようになる。これをトランス脂肪酸という。
オレイン酸(シス型) | エライジン酸(トランス型) |
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[編集] 食品中の存在
自然界には反芻動物(ウシ・ヤギなど)の肉や乳に含まれている。反芻動物の体内で微生物により産生され、その結果として反芻動物の肉や乳の脂質のうち2-5%を占める。天然のトランス脂肪酸として、共役リノール酸やtrans-バクセン酸などがある。これらの天然のトランス脂肪酸は天然の不飽和脂肪酸の中にわずかに含まれている。
人工のトランス脂肪酸は、不飽和脂肪酸から飽和脂肪酸を製造するための水素化や、不飽和脂肪酸を多く含む植物油の精製の際に、副産物として生じる。そのため、不飽和脂肪酸を多く含む油脂を水素化して製造するショートニング、マーガリン、ファットスプレッドに含まれる。
また、cis体である不飽和脂肪酸が空気酸化されるとヒドロペルオキシ不飽和脂肪酸やエポキシド脂肪酸など過酸化脂質が生成するが、この際に二重結合の転移反応が進行するために、シス体ではなく熱力学的に安定なトランス体へ変換される。空気酸化はここに示した例からも先に進行しさらに複雑な化合物や樹脂化する。したがって高温で長期間加熱された植物油には trans-ヒドロペルオキシド不飽和脂肪酸を初めとする多様なトランス脂肪酸類が少量であるが含まれることになる。そしてヒドロペルオキシ不飽和脂肪酸は動脈硬化の原因のひとつと考えられている。[1]
また、オレイン酸は加熱によりトランス体のエライジン酸に変化することは無いが、共役リノール酸 (18:2, 9-シス,11-シス) などは調理時の加熱によりトランス化することが知られている。[2]
アメリカ食品医薬品局(FDA)は、食品に含まれるトランス脂肪酸の表示について規定を設けて表示を義務付けている。しかし植物性食品に含まれるコレステロールの場合と同様な理由で、含有量が少ない天然のトランス脂肪酸を食品成分表示に関する規制から除外している。[3]
[編集] トランス脂肪酸を多く含む食品
トランス脂肪酸を多く含む食品として硬化油がある。硬化油とは、融点の低い不飽和脂肪酸を多く含む油脂に水素付加を行うことで飽和脂肪酸に変換して常温で固体にしたものである。この水素付加の過程で副産物としてトランス脂肪酸が生成する。
すなわち、常温で液体の不飽和脂肪酸を固体の飽和脂肪酸に水素付加することで硬化油を製造するのであるが、触媒のニッケルと不飽和脂肪酸とがπアリル錯体を形成してから水素と反応する必要がある。ニッケルのπアリル錯体は不安定な為、元の不飽和脂肪酸に解離しやすい。このとき熱力学的に不安定なシス体に戻らず、熱力学的に安定なトランス体が生成する。十分に水素を付加させればトランス体も全て飽和脂肪酸へと変換されるが、通常は一部不飽和脂肪酸が残存した状態で硬化油の製造は完了する。
代表的なものにマーガリンやファットスプレッドやショートニングなどがある。トランス脂肪酸の含有比率はデンマークでの2%以下など一部の国では規制がなされているが、日本のマーガリン類には脂質の8%程度のトランス脂肪酸が含まれている[4]。ファットスプレッドは油脂の少ないマーガリン類 (食用油脂が80%以下)であり、そのため同量の製品ではファットスプレッドの方がマーガリンに比べて製品重量あたりトランス脂肪酸が少ない。(脂質の内訳としてトランス脂肪酸が少ないという意味ではない)
ファーストフード店での揚げ物などにショートニングなどが使われている場合があるが、加熱調理で単純なトランス脂肪酸量が増加する訳ではない[5]。しかし、前述のように加熱による空気酸化で過酸化脂質が生成している可能性はある。
2007年現在、米国において一部ファーストフードチェーンでトランス脂肪酸の含量の少ない油脂への切替を始めている。[6][7]。 ただし、同じチェーンでも日本国内の店舗は対象外の場合がほとんどで、国内では依然として旧来の油を使用し続け切替の予定すらないケースも多い。
日本国内ではセブンイレブンやデイリーヤマザキなど大手コンビニエンスストアチェーンがトランス脂肪酸低減に力を入れている。[8]
[編集] 人体への危険性
トランス脂肪酸を大量に摂取させた動物実験では血清コレステロールへの影響は少なかった。一方ヒトでの疫学調査ではリポ蛋白(Lp-α)が増加する可能性が示唆されている。リポ蛋白(Lp-α)はLDLコレステロールの主成分の一つであり、動脈硬化や心臓疾患のリスクを高める為に有害である可能性が指摘されている[2]。
また中年~老年の健康な女性を対象として疫学調査により健康なトランス脂肪酸の摂取量が多い群ほど体内で炎症が生じていることを示すCRPなど炎症因子や細胞接着分子が高いことが示された。これについて、研究者は動脈硬化症の原因となる動脈内皮での炎症を誘発している可能性を指摘している。[9]。炎症因子についてはアトピーなどのアレルギー症へ悪影響をおよぼす疑いが提示されている。
[編集] 各国の対応と規制
2003年にデンマークで、食品中のトランス脂肪酸の量を全脂質の2%までとする罰則規定のある行政命令を制定、2004年より施行された。
アメリカ合衆国では、2003年5月に、スナック菓子製造業者 Kraft Foods に対して、トランス脂肪酸を使わないように求める訴訟が起こされた。この訴訟は、製造業者が代替品を見つけると約束したことで取り下げられた。この訴訟は、アメリカ国内で、トランス脂肪酸に対する論議を活発にすることに役立った。これと期を同じくして、アメリカ食品医薬品局 (FDA) により、2003年7月11日、新しい栄養ラベルの規定を発表。一食 (one serving[10]) あたり0.5g以上のトランス脂肪酸を含む加工食品や一部の栄養補助食品に関してトランス脂肪酸量を表示することを規定し、トランス脂肪酸量の表示を2006年1月1日から義務づけた。 2006年12月にニューヨーク市の飲食店で1食あたりトランス脂肪酸0.5g以下とする規制を決定、2007年7月までに調理油やマーガリンを対象に制限、2008年7月までに他の食品に関しても制限を広げるとしている。
英国では摂取カロリーのうち、30%以下(WHO平均所要脂質量換算で66g/日)を脂質に、その中でもトランス脂肪酸を2%以下(同、1.3g/日)にするように勧告している[2]
カナダでは、他国に先駆け、2003年1月1日よりトランス脂肪酸量を栄養ラベルの項目に加えることを決定、2005年12月12日に表示を義務化した。
日本では、諸外国と比較して食生活におけるトランス脂肪酸の摂取が少ないことから健康への影響が少ないと考えられる[11]ため、一部インターネット上で反対運動がなされているのと、ごく一部の企業がトランス脂肪酸低減に取り組んでいる程度で、政府や地方公共団体、業界団体は特段の規制を行っていない。よって日本でこの問題を危惧する者は、原材料表示を見てショートニングやマーガリン、ファットスプレッドがない食品を個々人で選ばざるを得ない。
[編集] 参考文献
- ^ John Mann, Chemical Aspects of Biosynthesis, pp13-17, Oxford University Press, 1994.
- ^ a b c 板倉弘重, 『脂質の科学』,pp.6-7,朝倉書店, 1999年 ISBN 4-254-43514-2.
- ^ http://www.cfsan.fda.gov/~lrd/fr03711a.html
- ^ 五訂増補日本食品成分表 脂肪酸成分表編
- ^ トランス脂肪酸は、植物油を加熱しても出来ない
- ^ トランス脂肪酸、米KFCも使用中止に
- ^ スターバックス、悪玉油の使用中止 2007年内に全米店舗で
- ^ コンビニエンスストア業界における取組み例(セブンイレブン)
- ^ 悪玉「トランス脂肪酸」摂取でCRPが7割増:炎症性因子や接着分子介して動脈硬化起こすメカニズム確認
- ^ FDAでは、通常1食あたりに消費する食品の基準量をone servingとして定めている。バター、マーガリンでは1テーブルスプーンが one serving。
- ^ 食品安全委員会ファクトシート:トランス脂肪酸
[編集] 関連項目
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