バーナード・ベレンソン
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バーナード・ベレンソン(Bernard G. Berenson, 1865年 - 1959年10月6日)はリトアニア出身のアメリカの美術史家・美術評論家。
ルネサンス絵画の専門家。
ロシア帝国・ヴィルナ県ブトリモニス Butrimonys のユダヤ人の家庭に生まれる。生まれた時の名前はベルンハルド・ヴァルヴロイェンスキ(Bernhard Valvrojenski)。父のアルバートは1875年一家と共にボストンに移住し、ベレンソンに姓を変える。
ハーヴァード大学で学び、イタリアに移住する。妻のメアリー Mary (1864-1945)は Logan Pearsall Smith の姉であり、美術史家の Benjamin Francis Conn Costelloe と結婚したこともあった。
矢代幸雄、ケネス・クラーク Sir Kenneth McKenzie Clark など多くの門人がいる。
トマス・ハリスの小説『ハンニバル』では、主人公ハンニバル・レクター博士はベレンソン家の親類という設定になっている。
[編集] 文献案内
- S.N. Behrman (1951-52) "Duveen"
- Ernest Samuels (1979) Bernard Berenson: The Making of a Connoisseur
- Ernest Samuels (1987) Bernard Berenson: The Making of a Legend
- Colin Simpson (1986) Artful Partners: Bernard Berenson and Joseph Duveen
- Mary Ann Calo (1994) Bernard Berenson and the Twentieth Century
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