フェアユース
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フェアユース (en:fair use) とは、アメリカ合衆国著作権法などが認める、著作権侵害の主張に対する抗弁事由の一つである。アメリカ合衆国著作権法107条によれば、著作権者に無断で著作物を利用していても、その利用がフェアユースに該当するものであれば、その利用行為は著作権の侵害を構成しない。この事を「フェアユースの法理」と呼ぶ。
フェアユースの大きな特徴のひとつに、フェアユースに該当する無断利用について、具体的な限定を設けず、多様な文脈で行われる多様な利用に、抽象的な一般原則が適用されてフェアであるかどうかが決まる点がある。
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[編集] 歴史
フェアユースの法理は、米国において1841年の Folsom v. Marsh 判決(マサチューセッツ州連邦巡回裁判所)において最初に確立されたもの(例えば Campbell v. Acuff-Rose Music, Inc.の最高裁判決)。
Folsom v. Marsh では、ジョージ・ワシントンの書簡に伝記を付した著作物を編纂した原告が、そこに掲載されたワシントンの文章の抜粋をふんだんに盛り込んだ伝記を記した被告を訴えたもので、ストーリー裁判官はイギリスの判例を参照しつつ、被告の利用が正当化可能な利用であるかどうかを検討した。その中で、この種の問題については往々にして以下の3つの要素を考慮することが必要になるという見解を述べた。これらは後の裁判で参照され、現在の4つの要素を考慮する考え方となっていった。
- 「抜粋の性質と目的」(the nature and objects of the selections made)
- 「利用された部分の量と価値」(the quantity and value of the materials used)
- 「原作品の売り上げの阻害、利益の減少、または目的の無意味化の度合い」(the degree in which the use may prejudice the sale, or diminish the profits, or supersede the objects, of the original work.)
判例を通じて形成されたフェアユースの法理は、1976年の著作権法改正時に条文として盛り込まれた(107条)。この条文化は、判例の確立した考え方を立法によって変更するものではなく、単に条文に盛り込んだものだとされる。なお、これ以前にも、1960年代にはフェアユースの4要素を法の条文に盛り込もうという試みは存在している。Patry (1995)によれば、1964年のH.R. 11947, H.R. 12354, S. 3008の3法案はいずれもそのような改正案を含んでいる。
[編集] 内容
1976年著作権法では、「批評、解説、ニュース報道、教授(教室での利用のための複数のコピー作成行為を含む)、研究、調査等を目的とする」場合のフェアユースを認めているが、著作物の利用がフェアユースになるか否かについては、少なくとも以下のような4要素を判断指針とする。
- 利用の目的と性格(利用が商業性を有するか、非営利の教育目的かという点も含む)
- 著作権のある著作物の性質
- 著作物全体との関係における利用された部分の量及び重要性
- 著作物の潜在的利用又は価値に対する利用の及ぼす影響
以上のように、1976年著作権法は、著作物の無断利用がフェアユースとされる場合の要件を大まかに規定しており、判断指針として条文化されているに過ぎない(これに対し、108条以下の規定に基づく著作権の制限は、準則として示されている)。このため、フェアユースになるか否かは個々のケースについて裁判所が判断する。また、これらの判断要素については、ある要素が他の要素より重きを置くことを要求されておらず、フェアユースになるか否かはこれらの要素を総合的に判断することによって決めることになる。
このように、フェアユースの法理は、判断指針として示されているに過ぎず、非常に曖昧な点があるため、著作物の無断利用が著作権侵害になるのか否かにつき訴訟で深刻な争いが起きやすい。例えば、日本の著作権法には私的使用のための著作物の複製に関する規定が存在するが(著作権法30条)、米国著作権法には同旨の規定が存在しない。そのため、テレビ放送の私的使用のための家庭内録画が著作権侵害になるか否かにつき深刻に争われたことがある(Universal City Studios, Inc. v. Sony Corp. of America)。
[編集] 各種団体によるガイドラインの作成
このようにフェアユースの法理は法的予見性に問題があるため、アメリカ合衆国では、各種の業界団体が著作物の利用に関する詳細なガイドラインを定めていることが多い。例えば、教育目的の著作物の利用については、教育機関、出版業者などにより Guidelines for Classroom Copying in Not-For-Profit Educational Institutions with Respect to Books and Periodicals や Guidelines for Educational Uses of Music というガイドラインが作成されている。
[編集] 日本におけるフェアユース
日本国著作権法においても、著作権の効力が及ばない著作物の利用行為が規定されている(日本国著作権法30条~47条の3)。しかし、日本国著作権法における著作権の制限規定は、著作権の効力が及ばない著作物の利用態様を個別具体的に列挙したものである点で、アメリカ合衆国著作権法におけるフェアユース規定(107条)とは異なる。
日本国において、日本国著作権法30条~47条の3によって定められた範囲を超えて著作物を利用した場合に、フェアユースの抗弁によって著作権侵害を否定できるかが、しばしば論点となる。著作権法1条(法目的)に見られる「文化的所産の公正な利用に留意」の文言に基づいて、フェアユースの抗弁を認める説も存在するが、現在のところそれを認めた裁判例は存在しない(フェアユースの抗弁を否定した事例として、東京地判平成7年12月18日知裁集27巻4号787頁)。もっとも、権利濫用(民法1条3項)、公序良俗(民法90条)、黙示許諾といった民法上の法理によって、フェアユースに類似する法的効果が認められる可能性はあるものと考えられる。
[編集] 参考資料
(本文中で言及した資料)
- 裁判例
- アメリカ合衆国
- 日本国
- 東京地判平成7年12月18日知裁集27巻4号787頁 最高裁判所判例検索システム
- William F. Patry (1995). The Fair Use Privilege in Copyright Law (2nd ed.) Washington D.C.: BNA Books. ISBN 0-87179-831-X
- ネット環境下の著作権と公正利用(フェアユース) - 弁護士 藤本英介による