プリオン
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プリオン(Prion)は、「感染能を持つ蛋白質因子」を示す英語(proteinaceous infectious particle)から作られた言葉で、バクテリアやウイルスと同格の用語である。 哺乳類のプリオンが良く知られているが、酵母のSup35など他の生物でも数種類のプリオンの存在が知られている。1982年にスタンリー・B・プルシナーが発見した。彼はこの功績で1997年にノーベル生理学・医学賞を単独で受賞した。
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[編集] 正常プリオン蛋白の性質と機能
正常プリオン蛋白は主に神経細胞膜上に付着して存在している。ヒトでは253個のアミノ酸からなり、C末端には約20のアミノ酸からなる疎水性領域が、N末端には22のアミノ酸からなるシグナルペプチドがある。正常プリオン蛋白はαヘリックスに富んだ構造を持ち、現在ではαヘリックスを形成するアミノ酸十数個からなる4ヶ所のドメインも同定されている。
正常プリオン蛋白の生理機能も徐々に判明しつつある。遺伝子操作で人工的にプリオン欠損マウスを作り出したところ、出生直後は正常に発育するものの、発育するにつれ運動失調や長期記憶、潜在学習能力の低下が認められる。したがって、正常プリオン蛋白は神経細胞の発育と機能維持に何らかの役割があると考えられている。
[編集] プリオン仮説
哺乳類で感染能を持つプリオンは、「異常プリオン蛋白」と呼ばれる物質から構成されると考えられている。異常プリオン蛋白は、羊のスクレイピーやクロイツフェルト・ヤコブ病や牛海綿状脳症で中枢神経系の神経細胞に蓄積することが確認されており、それらの疾患の原因物質であるとする説が有力である。プリオンが体内へ取り込まれると、哺乳動物の脳・脊髄を中心に分布する蛋白質の一種であるαヘリックスに富んだ正常プリオン蛋白の立体構造がβシートに富んだ異常プリオン蛋白の立体構造に変換されてしまうと考えられている。つまり、遺伝子でコードされた蛋白質のアミノ酸配列が変化するのではなく、同じアミノ酸配列を保ちながらペプチド鎖の折りたたみ構造が変換されてしまうのである。このため、プリオンは無生物ながら、感染症の病原体としての取扱いが求められる特異な例である。異常プリオン蛋白は一般的な滅菌処理などでは活性が完全に失われず、国際獣疫事務局(OIE)では、不活化するためには、133℃・3気圧・20分のオートクレーブ滅菌による熱処理が必要との国際基準が設けられている。このため異常プリオン蛋白を含有すると予想される品物の取扱いには注意が必要である。
[編集] プリオン仮説に対するウイルス説
狂牛病問題の日本での注目が高まったことで、プリオンの知名度は数年で爆発的に上がっている。しかしプリオン仮説は上記のように、蛋白質が病原菌に類似した行動をおこす場合についてを説明する一つの仮説にすぎず、どのような機序でそうした蛋白質の作用が起こるのか等、解明されていない点が多い。 また、生物学者コッホがまとめたコッホの原則において病原体を認定する指針のうち、一つをパスしていないという指摘がなされており、それに対する有効な反論は未だなされていない。そのため、今日でも、病原体としては認められないという立場をとる研究者も存在する。
なお、狂牛病等に関して言えば、未発見のウイルスによるものではないか、という研究も続けられており、今後、プリオン仮説が覆される可能性もなくは無い。実際C型肝炎のウイルスが見つかるまでに20年弱を要したように、ウイルスによる感染症の場合、病原体の発見が困難なことはまれではない。
日米の貿易摩擦など、高度に政治的なバックグラウンドで紹介されたために、多くの科学的知識同様、仮説に過ぎず、それも多くが実証されていないにも関わらず、社会的な認知を得てしまった。細菌・ウイルスなど、ある程度実験的に検証された実績のある病原体と比べると、いまだその全貌が解明されていない曖昧な仮説であるということを忘れてはならない。
[編集] 関連項目
2006年5月 日経サイエンス対談
[編集] 外部リンク
- 異常プリオンの不活化方法
- BSEプリオンの不活化方法
- 牛海綿状脳症(BSE)関連情報 動物衛生研究所
- 狂牛病とプリオン/牛海綿状脳症 Webサイト「生活環境化学の部屋」
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