リチウムジイソプロピルアミド
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リチウムジイソプロピルアミド(lithium diisopropylamide, LDA)は強力な塩基であり、プロトンの引き抜きに用いられる。化学式 LiN(CH(CH3)2)2 で表される構造を持つ。
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[編集] 概要
n-ブチルリチウムが強い求核剤であり、プロトンの引き抜きよりも求核攻撃を優先してしまうのに対し、LDA はそのかさ高さから求核性が低いため、塩基として作用する。pKa は約 34 で、アルコールやカルボニル化合物など、ほとんどの酸性プロトンの引き抜きを行うことができる。
ただし時には求核剤として作用することもあり、例えばタングステンヘキサカルボニルとの反応はジイソプロピルアミノカルビンの合成に用いられる。より立体障害の大きい塩基としてカリウムヘキサメチルジシラジドなどが知られる。
ジイソプロピルアミンに対してテトラヒドロフラン (THF) 中 −78 ℃ で1モル等量の n-ブチルリチウム(普通はヘキサン溶液)を加えた後、反応混合物を 0 ℃ から室温まで昇温することによって調製する。溶液は市販もされている。
- HN(CH(CH3)2)2 + nC4H9Li → LiN(CH(CH3)2)2 + nC4H10
n-ブチルリチウムとの 0 ℃ 前後の反応でも調製できることが知られており、ドライアイス/アセトン浴 (−78 ℃) ほどの低温は必要ないことを示した論文もいくつか存在する。実験に用いる場合、調製済みの LDA 溶液を購入するよりも実験室で合成したほうが安くあがる。
[編集] 速度論的および熱力学的塩基
塩基としての性質は、反応が速度論的支配と熱力学的支配のどちらを受けるか、という観点から分類できる。LDA のように立体障害が大きい可溶な塩基は最も接近しやすい位置のプロトンを引き抜く。例えばフェニルアセトンとの反応では2種類のエノラートが生成する可能性がある(フェニル基を持つ側と持たない側の α-プロトンが引き抜かれたもの)。フェニルアセトンを THF、ジエチルエーテル、ジメトキシエタンなどの溶媒中 −78 ℃ で LDA 溶液に加えると、速度論的な生成物、すなわちフェニル基を持たない側のメチル基の脱プロトン化が起こった生成物が得られる。
一方、弱い塩基(アルコキシドなど)を用いた場合、出発物質へと戻る反応の速度が十分に速いため、より熱力学的に安定なエノラート、すなわちベンジル位(フェニル基を持つ側)のプロトンが引き抜かれたものが主生成物となる。基質に対して少量の強塩基を用いた場合も弱い塩基を使った時と同様な結果が得られる。例えば水素化ナトリウムの THF またはジメチルホルムアミドけん濁液は、水素化ナトリウムがほとんど溶けていないため表面上でしか反応しない。実際の反応ではまず速度論的なエノラートが生成するが、これが他の分子からさらにプロトンの引き抜きを行うので、結果として熱力学的な生成物が得られる。
[編集] 構造
LDA は構造が徹底的に検討されている化合物である。固体状態ではポリマー[1]を、THF 溶液中では2量体[2]を形成することが知られている。
[編集] 参考文献
- ^ Barnett, D. R.; Mulvey, R. E.; Clegg, W.; O'Neil, P. A. (1991). "Crystal structure of lithium diisopropylamide (LDA): an infinite helical arrangement composed of near-linear nitrogen-lithium-nitrogen units with four units per turn of helix". J. Am. Chem. Soc. 113: 8187–8188. DOI: 10.1021/ja00021a066
- ^ Williard, P. G.; Salvino, J. M. (1993). "Synthesis, isolation, and structure of an LDA-THF complex". J. Org. Chem. 58: 1–3. DOI: 10.1021/jo00053a001