ルキウス・タルキニウス・コッラティヌス
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ルキウス・タルキニウス・コッラティヌス(Lucius Tarquinius Collatinus、生没年不詳)は共和政ローマ再初期のコンスルを勤めた人物。ルキウス・ユニウス・ブルートゥスとともにコンスルを勤めた人物として知られる。
ローマの最後の王タルクィニウス・スペルブスの一族がコラッティヌスの妻ルクレティアを暴行し、妻が自殺してしまう。そして、それがもとで友人ルキウス・ユニウス・ブルートゥスとともに王に反旗をひるがえす。そしてタルキニウスの一族は追放され、ブルートゥスは共和政ローマを開き、プラエトルという職務を設置、定員を2人とする。コッラティヌスはブルートゥスとともに初代プラエトル(後年プラエトルの職務がコンスルへと移ったので、実質上はコンスルとして考える)として就任した。